Firebird

2024-02-12 00:15:00 | 映画
原作の回想録を書かれていたセルゲイさんは数年前に亡くなれたそうで、セルゲイさんには申し分ないですが…、いくら実話とは言えども、作品的には「ブロークバック・マウンテン」の二番煎じ感が否めない。


実は「ブロークバック〜」でキュンキュンしたワタクシと致しましては、

「Firebird」の、当時ソ連占領下だったエストニアが舞台で、文字はラテン文字なのに、会話が「ナポレオン」同様母国語ではなく英語であったこと、

いくらこちらが先と言えども、最後まで物語展開や描写が「ブロークバック〜」と酷似していたこと、

そして何より、愛を描いているように宣伝しているが、私に言わせれば、これは愛ではなく恋。いくら、同性愛が法律で禁じられていると言えども、主人公2人、セルゲイとローマンの関係は、私には男女の不倫関係と同じにしか映らなかったことが残念でならなかった。

「ブロークバック〜」の方が、実話でないはずなのにめちゃくちゃリアリティーを感じた。主人公2人の関係性だけでなく、それぞれの伴侶となる奥さんの存在や葛藤もリアルに表現されていて映画作品としてもよく出来ていた。

今思えば、実話じゃないからいくらでも脚色できたとは言えるけどね。少なくとも原作とも大きく異なっていたし。

「Firebird」は実話だし登場人物の家族もご存命だと思うから、製作サイドが都合よく脚色できないのも分かるけど、実話なのに全くキュンキュンしなかったし、それは恋やろ!と言いたくなる人物描写だったのが本当残念でならなかった。


ということで、予告編というより、法律に関係なく、どの国家でも兵役という厳しい男社会において間違いなく禁じられているであろう同性愛がどのように描かれているのか、また実話に感銘を受けたという監督がどのような世界観を描くのか大変興味があって観てきたわけですが、残念要素しかなかった。

今は、監督が感銘を受けた回想録「ロマンについての物語」を読みたくて仕方がない。ちなみに、映画の字幕ではロマンではなくロマーンと書かれている。なんか「エゴイスト」と同じ印象を受けてならない。読み手によって受ける印象が異なるのでは?と思わざるをえない内容だったから。

兵役を終えたらモスクワの演劇学校に行って役者を目指す兵役中のセルゲイが、その兵役の基地に迎撃機のパイロットのロマーンが赴任され2人は恋に落ちる。だが、同性愛が法律で禁じられているが故に2人は別れる。そして、ロマーンは、セルゲイの女友達であるルイーザと結婚する。

前半は、セルゲイとロマーンの恋愛物語、後半は、数年後ロマーンとルイーザが結婚し、セルゲイとの三角関係のもつれが描かれている。

プロットだけ書いたら、男女の不倫と変わらない。それだと同性愛の必然性を全く感じないんよね。同性愛である必要性がないというか…。

「ブロークバック〜」は、縁あって、というか二人きりだからね、恋愛関係になったが、強制的に離れ離れにさせられる。時が経ち、それぞれ女性と結婚し子供ができる。片方は、相手の男性のことが忘れられず、まるで結婚が偽装結婚だったかのような心理状況で、自分の満たされない思いを奥さんではなく他の男性で満たそうとするが結局は満たされない。

その点「Firebird」も同じような展開なんだけど、明らかにロマーンは、自分の名誉のためにセルゲイを裏切って結婚する。それでもセルゲイはロマーンに言い寄るが、ロマーンは拒絶。にも関わらず、愛し合った日々を思い出したのか、ロマーンはセルゲイがいるモスクワに行って逢瀬を重ねる。

後半、舞台が基地内ではなくセルゲイが演劇学校に通っているモスクワに変わるので、描写が世間一般の恋愛沙汰と変わらない。セルゲイにもロマーンにも一切共感できなくなってしまった。私にとって男女の恋愛と変わらない描写は、同性愛作品だとは思わない。ただの脚色。

私個人としては、世間に受け入れてもらえない関係性や社会の壁をどう乗り越えていくのか、逆にどう受け入れるのかを描いて欲しかったから、後半の展開は万国共通の不倫沙汰だったのが本当に残念。特別感一切なし。

同性愛に関係なく、人生には大きな選択を迫られる時がある。どちらを選択しても身を剥られるような決断を強いられる時がある。

まさにロマーンがその時。

同性愛を認めたら、地位も名誉も剥奪されてしまう。異性を結婚することで現状維持するしかない。

日本だって、同性愛に関係なく、今も残ってる通念がある。結婚しないと出世出来ない、責任感がない、一人前とみなされない、という社会的通念が。少なくとも私はずっと言われてきた。今はもう放置されてますが…。

なんで親のために出世のために結婚せなあかんねん!と思って生きてきた。そりゃ、結婚した方が出世に関係なく得なこともあるが、それって打算やん。恋愛関係ないやん。前期高齢者になったらそんな通念なんてもうどうでもよくなる。むしろ、ストレスで病気になるだけ。

ロマーンの結婚は、めちゃくちゃ理解できるけど、そのあとが頂けない。全く共感できない。

セルゲイもロマーンに一途な気持ちは分かるけど、相手が結婚したら幸せ壊すなよ!と言いたくなった。こんなこと書いたら卑怯やけど、付き合うなら奥さんにバレないように付き合え!と言いたい。2人とも不器用過ぎるねん。っていうか、男女の不倫と変わらん!

私に言わせれば、別れる気がないなら愛を語るな!

これって、もはや、同性愛問題でもないし、法律問題でもない。人間性の問題だと思う。

この作品では、二兎追うものは一頭も得ず、を描いているけども、

何度も書きますが、人生には苦渋の決断を迫られる時がある。どちらも手に入らない。どちらか一つしか選べない。

その時に必要なのは、決断力と覚悟。それプラス、人間力ならぬ自分力。たとえ、後々間違った選択をしたと後悔することがあっても、それを経験、人生の勉強だとプラス思考に置き換えられる自分磨き、自分力が大事になってくる。

ぶっちゃけ、セルゲイもロマーンも自分磨きしてないよね。

そもそも、この作品には学びが描かれていないのが一番の問題点。セルゲイさんは、亡くなるまでに学びがあったはず。そこが必要不可欠な点だと思う…。

自分の方がルイーザより愛されてた???よくそんこと言えるね。お前はロマーンのこと愛してたんか?相手の家庭を壊してそれが愛と言えるんか?

ロマーンも、セルゲイより妻子が大事やったら、あまりにもセルゲイのことを弄びすぎとちゃうか!ちゃんとセルゲイのことを考えたれよ!

私には、セルゲイに関しては独占欲が強いただの恋、ロマーンは自分に都合がよい恋、としか思えない。

あの時代に同性愛や同性婚が認められていたらセルゲイもロマーンも幸せだったのに…、なんて思う以前の問題だと私は思う。


タイトルの「Firebird」は、ラストでタイトル回収されていますが、パイロットのロマーンそのもの。もう手に入らない遠い遠い存在で、もう誰のものでもない。ロマーンに対する想いが強い者だけが、その想いの中だけでロマーンは生き続ける。あのセルゲイの表情からそう感じた。ま、既視感がありありの見せ方だったけど、良しとしよう。

だが、エンドロール後のワンシーンは、あまりにもエンタメ色が強くてマジ蛇足。せめてエンドロール前に持ってきて欲しかった。さてさて、あの方は、セルゲイ?ロマーン?のどっちを???今までの発言や行動心理から推察するとセルゲイ?ま、どっちでもいいが…。

それにしても、「ロマンについての物語」、日本語訳で出版していただけないものかな?