諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

58歳になった。

2022年02月18日 20時11分49秒 | 人生
2月18日、今日、私の誕生日です。58歳となりました。

速いですねぇー、人生は。あっという間に歳を取る。

最近分かったのですが、死とは休息と言うか睡眠ですよね人生の。

何時まで寝られるか分からない無期限の休息。若しくは睡眠。死んで心を休めないと次のステージには行けない。死は生物に与えられた人生のご褒美なのでは。

ここでふと思ったのですが、自殺って睡眠薬を服用しているのと似ている。

起きていたくないから寝る。生きていたくないから死ぬ。そんなに違いは無いのではないか。

私、睡眠薬を常習しいてます。起きていると辛いのでね。だから睡眠薬を飲んで寝るのです。これって服毒自殺とそんなに変わらない。睡眠薬は微量ではあるが毒。永遠の眠りに付く前の予行練習なのではないのか。

今、私の父親は死にぱぐっています。母が認知症になり心細くなった。私が母の世話をすると私が家族のリーダーになる。それは許さん。代表者は自分だ。

それで母親を連れて家を出た。アパートで暮らした。惨めさを感じた。自分の人生の終盤はアパート暮らし。その現実に恐怖した。

自分も恐怖で認知症になった。パーキンソン病になった。鬱病にもなっている。終いには誤嚥性肺炎になり癌の疑いもある。もう立ち上がる事も出来ない。死の影がチラついている。

父は私に言った。「もう終わった」と。そして夜中に病室で泣き叫んでいる。後悔しているのだろうなぁー。私に財産を取られるとか叫んでいるららしいけど。

私は父親が嫌いだ。母や兄弟もそれほど好きという感情は感じられない。それが分かってしまって泣いているのではないのか。

父には何度も忠告した。私の忠告は大抵無視された。自分の判断を通した。それでとことん失敗を繰り返した。

後悔はしている筈だ。でも嫌いな私の言う事なんて聞きたくない。だから全て私の逆を行った。それで死期を早めた。

小心者である。10歳の時、父親が列車に跳ねられ片足を切断。病院に運ばれたら違う血液を輸血された。そのショックで亡くなった。その恐怖が心にこびり付いている。だから死が怖いのだろう。

祖父の名前は腹を十文字に切って腸が出ている優れた男の意味。名前通りの人生を演じた。父も名前通りの人生と死を演じるのか。どうなる事やら。

私も今日で58歳。もう十分生きた感じがする。人生が分かってしまった感じがする。もう人生に感動することは無いだろう。何の楽しみもない。それなのに生きて行くのは惨いのではないだろうか。

っとは言え、臓器ごと脱皮するロブスターは事実上死なないらしいが、大抵の生物には寿命がある。その寿命まで何を頼りにして生きて行けば良いのだろうか。

人間の男は50歳で生物としての役割を終えるらしい。残りの人生は惰性で生きて行くのだそうだ。古来から男は戦で死んでいた。50歳まで生きれなかった。遺伝子でも50歳までとなっているらしい。

女性は孫を育てる役目を持っているが、男50歳はお役目御免。本当にどうやって生きて行くのだろう。老人会に入って慰め合う仲間を見つけるのか。

58歳。もう十分だと思える。辛い事ばっかりあった。本当に何を頼りに生きて行くのか分らん。

金か、名誉か。そんなもの要らん。何にも興味が持てない。後は惰性で転がりながら生きて行く。それが人生と言うモノなのかな。

58歳にして何にも分からないけど。


ではでは。





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