冷たい寒気が身体の芯まで凍てつかせる。肩に食い込む荷の重さに喘ぎ、疲労が思考力を奪う。ただ、ただ苦しい。いったい、いつまでこの氷雨は降り続くのか。何時になったら身体を休められるはずの山小屋にたどり着くのか。
肉体的苦痛よりも、先の見えない不安が辛い。気持ちは沈むばかりでなく、些細なことにイラつく。そんな自分に嫌気がさすが、だからといって何をしたらいいかも分からない。もう、まともに考えることさえ出来やしない。それなのに、苦痛と絶望だけはしっかりと心に刻まれる。
空を見上げれば、どす黒いほどの分厚い雲から、身体を芯まで凍てつかせる氷雨が降ってくるだけ。その濡れた身体に北風が容赦なく吹き付けて、なけなしの体温の温もりさえ奪っていく。疲労が表情を奪い顔をうつむかせる。絶望が感情を凍てつかせて。身体ばかりか心まで冷え込ませる。このまま倒れて冷たい地面に伏してしまえば、苦痛から逃れられるかもしれない。
そんな馬鹿げた迷いが脳裏を駆け巡っていた時、先頭を歩く仲間の一声で目が覚めた。
「晴れ間が見えるぞ!」
見上げると、上空の雲の切れ間から青い空が覗けて、その片隅にぼんやりと太陽が見えている。その太陽からの日差しは、ほんの僅かなもので気温は、相変わらず低いままだし、冷たい風も変わらない。
しかし、その僅かな太陽の姿が、心まで凍てつかせていた我々を救った。ここ数日、暗い空と冷たい雨に痛めつけられて、笑顔さえ忘れた私たちは、互いに笑顔を交わしあい、もう少しで山小屋だと励ましあっていた。
ほんの小さな希望が、私の心を埋め尽くしていた絶望を氷解させてしまった。その数時間後には、麓に近い避難小屋にたどり着き、翌日には無事下山できた。遭難寸前であったパーティーは、あの雲の切れ間から除いた小さな太陽の姿に救われたのだ。
そう、どんな絶望的な状況にあっても、希望さえあればなんとかなる。私は自身の経験からも、希望の灯の大切さを痛感している。
だからこそ、表題の作品の素晴らしさが良く分かる。
20世紀末に突如発生した核戦争が、人類を絶滅寸前に追いやった。気が付いたら都市は壊滅し、国家は消滅し、秩序も治安もなくなっている。不安と絶望が人々を狂気に駆り立てる。
放射能に汚染された大地と水が、人々から希望を奪う。不安が武器を取らせて、不信が信頼を忘れさせる。心がギスギスして、喜びを共感することを出来なくさせる。
暗く重苦しい雲が一面に広がり、その重苦しさは人々の心まで沈ませる。大地は灰色に染まり、冷たい氷雨に痛めつけられた大地に、生きる希望は託せない。
核戦争を生き延びたことを恨んでしまうほど苦しい日々を過ごす人々の耳に届いた奇跡の噂。その少女が触れたリンゴの木が育ち、赤い実をつけたとの噂。その少女が蒔いたトウモロコシが芽吹き、やがてあの黄色いトウモロコシが一面に広がったとの噂。
その少女の名はスワン。大地を甦らせ、綺麗な水の井戸を見つけ、なにより人々の心に希望の灯を燈す奇跡の少女。
その噂が疲れ切った人たちを立ち上がらせ、手を取り合って、力を合わせて、未来を創る気持ちを導き出す。そんな奇跡の少女の物語。それがスワンソング。
私が十年以上探し求めたマキャモンの傑作。福武書店が出版事業に失敗したために、幻の名作と化していた。名作が嘘でないことを実感できた夏でした。一部の図書館には置いてあるようですので、機会がありましたら是非ご一読を。