ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

中州でキャンプ?

2014-08-08 14:10:00 | 社会・政治・一般

上空は夏の晴天であり、谷間を渡る涼風が心地よいと思っていたのは、ほんの小一時間前だった。

今はただ、リーダーの指示のもと、谷筋を離れてひたすら上へと山道を登っていた。全員が真剣であり、軽い恐浮キら感じていたが、名の知れたアルプス登攀のベテランがリーダーを務めていたので、パニックに陥ることはなかった。

あれは大学4年の夏、既に就職活動を終えて、社会人としての登山を考えていた私は、日ごろ出入りしていた某スポーツ用品店の夏の企画「黒部渓谷で沢登体験ツアー」に応募して、参加することにした。

休みの少ない社会人ともなれば、週末ぐらいしか登山は出来ないはずだし、そうなると今までの縦走登山よりも、岩壁登攀や沢登のほうがやりやすいと考えていた。ただ、大学のWV部では、登攀技術を使った登山を禁止していた。だから有料の登山スクールなどで、登攀技術を磨いていた最中であった。

黒部渓谷は、日本屈指の大渓谷であり、沢登の対象としては特A級の難易度を誇る。だが、今回のコースは支流であり、せいぜい初中級といったレベルなので、私も安心して参加できた。なにより引率するリーダーのM氏は、日本では名の知れた登山家であり、是非とも指導を受けたいと思っていたからでもある。

夏山シーズンのベストは、梅雨明け2週間程度だと云われている。8月第一週に富山に現地集合して、すぐにトロッコ電車で黒部渓谷入り。途中で降りて黒部渓谷へ下ったのは昨日だった。

今日も快晴であり、堅い岩肌と清流を楽しみつつ、時にはザイルをかけ短い滝を直登し、時には沢に飛び込んで渡り冷たい渓流を楽しんだ。広い中州で昼食を食べて、再び遡行を初めて2時間。どうも雲行きが怪しい。

リーダーのM氏は携帯無線機を持参しており、時折山小屋に連絡をとっていたが、急に声が緊迫し、なにやら地図とにらめっこをしている。数分後、全員が集められ、M氏から遡行の中止を云われた。

なんでも上流で雷雨が発生し、現在水量が急激に上昇しているので、中流域のこのあたりも水で埋まる可能性がある。だから少し戻って尾根筋へ緊急避難するとのこと。

山ではリーダーの言は絶対であり、今回のツアーでも誓約書を提出している。数人不満を口にする人もいたが、M氏に一喝されてしぶしぶ尾根筋への避難に合意した。

私は当然だと思ってはいたが、いざ尾根筋に登りだすと、その急傾斜に閉口した。荷が軽いとはいえ、息も絶え絶えとなる登りであった。が、その時誰かが大声を上げた。

5~60メートルは沢から登ったはずだが、その沢がさっきよりも太く見える。沢から離れれば、沢は細く見えるはずなのに、むしろ沢が近づいているかのような錯覚を感じた。そして、なによりも水の音がまるで違う。いや、色も違ってきている。

上流で降った雨水が、黒部渓谷に流れ込み、水量が急激に増えているのだ。リーダーのM氏が大声を上げて、もっとペースを上げるようにと指示した。もう誰一人不満なんか口にしない。

眼下で次第に水量を増す沢に恐浮エじたからだ。実際、私もこれほど急激に水量を増やす沢は初めてお目にかかる。それから小一時間あまり、必死に登りなんとか稜線にたどり着いた。だいたい200メートルぐらいは登ったと思う。

しかし、私たちはいささか怯えていた。どう見ても、数十メートルは増水していた。その激流が発する轟音は、私たちの耳に響いており、あの場にいたら確実に死んでいたことは、誰もが分かる事実であった。

ちなみに私たちは、まったく雨に降られなかった。ただ数キロ上流の山域で降った雷雨が、沢筋に流れ込み、深い谷間を激流で埋めてしまったのだ。改めて自然の怖さを思い知らされた。リーダーのM氏の情報収集と、その決断の早さ、正確さに救われたわけだ。

先週末だが、神奈川の西部で川の中州にキャンプをしていた家族が増水に流され、3人が亡くなったとの報道があった。亡くなられた方には申し訳ないが、あまりに愚かすぎる。

川の中州なんて、たまたま水面上に顔を出した水底に過ぎない。なんでも業者が盛り土して、オートキャンプ場として営業していたらしい。オートキャンパーには、アウトドアの知識が不十分な人が少なくないのは知っていたが、これはあまりにひどい。

私とて中州で食事をしたり、川遊びをした経験はある。しかし、中州でキャンプなんざ頼まれても厭だ。たとえキャンプ場に雨が降っていなくても、その上流の山間で雨が降っていたのなら、数時間後には山裾から流れ沢筋に流れ込んだ雨水が、川を増水して中州を襲うことは、山をやる人間なら常識だ。

亡くなられた方を悼む気持ちがないわけではないが、正直言ってこれは人災です。関係者には大いに反省を求めたいですね。

コメント (4)
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