リングと路上は違う。
そう私に話してくれたのは、ボクサー上がりの学生運動家であった。この人は、私の周囲にいる大人たちのなかでも、特に喧嘩が強かった。デモがあると、勇んで参加して、先頭切って機動隊員を殴り唐キので有名だった。
もっとも私はその現場を見たことはない。だが、見た人の話では、異様に身が軽く、盾で身を守る機動隊員の側面に回り込んで、首筋やわき腹にパンチを叩きこむ、えげつないやり口だそうだ。
怒られるかもと少し怯えながら、私はなぜ首筋やわき腹を狙うのかと訊いたら、ギロっと私を睨むと、少し真面目な顔になって私に言ったのが冒頭の科白だった。
機動隊員は分厚い防護服に身を固めており、まともに殴っても効かない。だが、動きやすくするため、いくつか無防備な場所がある。そこを狙うのは当然なのだと説明してくれた。
「いいかい、俺はリングの上で対等の敵と試合しているのじゃない。路上で弱くても正しいことを目指す仲間を守るために戦っているんだ。公平なルールの下で試合をしているんじゃない。敵を倒すために戦っているんだよ、その違いは男なら理解しなくちゃいけないぞ」
そういって、私の頭を撫でてくれた。そして、そのやり方を教えてくれた。親指を折り込み、その上に中指と人差し指を乗せて、拳を尖った形状にして、首筋の血管が浮き出るあたりに突き刺すパンチだった。
あれ?これってボクシングのパンチじゃないよね?と訊くと、彼はニヤッと笑って、よく分かるな。これは空手の拳でリュウトウシュと言うんだと、教えてくれた。多分、竜闘手ではないかと思うが、空手に詳しくない私は未確認である。
実は実戦空手の道場にも少し通ったことがあるのさと教えてくれた。でも、私はこの人が蹴り技を使っているところを見たことがない。そう尋ねると、彼は笑いながら「路上で蹴り技なんて滅多に使えないさ。一対一ならともかく、集団で喧嘩するときは、蹴り技なんて不安定すぎて使えないよ」と答えてくれた。
あァ、やっぱりこの人は喧嘩好きなんだなと再確認した。私はこの人から、いろんな喧嘩の対処法を教わったが、どれも学校の柔道の授業では教わらないような危ないことばかりであった。そして、それが実戦的であることはよく分かった。
もっとも臆病な私は、その危ない技を喧嘩で使うことはほとんどなかった。相手を確実に傷つけると分かっていたし、私にはその覚悟が足りなかった。戦うのに必要なのは、勇気でもなく、技術でもなく、体力でもない。
相手を傷つけることを厭わない覚悟こそ、絶対に必要なのだ。私は怒りに激昂して喧嘩をすると、知らず知らずに相手を傷つけ、それに気づいて落ち込む難儀な子供だったので、相手を傷つけることを厭う傾向があった。
今だから分かるが、この精神面での弱さが私が喧嘩が弱かった最大の理由であろう。でも、あまり後悔していない。山登りを始めて自然の強大さと、人の弱さを知ったからこそ、私は相手を傷つける強さよりも、自分の弱さに負けない強さにこそ重きを置くようになっていたからだ。
でも、今でも関心はある。街で喧嘩を見かけると、ついつい観察してしまう。どうしても無関心ではいられない。私の知る限りでは、路上の喧嘩すなわち実戦で通用する技術って、すごく地味なものが多い。派手な技なんて、路上の喧嘩では使わない。
だからこそ、私はいわゆるチャンバラ映画やTVが好きではなかった。黒沢の映画であろうと、銭型平次であろうと、あの殺陣という奴は派手なばかりで、あまり実戦的とは思えなかったからだ。
もちろん娯楽映像なのだから、派手でなければ観客の目を惹きつけられない以上、当然のことなのは分かる。分かるけれど、実戦とは違うとの思いがあって、私は侍が刀を振り回してのチャンバラ場面が、あまり好きではなかった。
そんなわけで、表題の映画の原作の漫画が週刊少年ジャンプで連載されていた時も、ほとんど素通りだった。ましてや、映画化された作品は観たいとは思わなかった。
ところが先だって日本を襲った台風11号のせいでシネコンから動けなくなったので、仕方なく時間潰しで観る羽目に陥った。意外だったが、けっこう楽しめた。あまり漫画を熱心に読んでいなかったので、むしろ漫画の実写化を意識せずに楽しんだ。
なかでも、私が従来あまり好まなかったチャンバラ場面に結構感心した。下半身を平然と狙う実戦的な殺陣には驚いた。現代の道場剣道とは異なり、戦乱の時代の剣法は、人を倒すための手段であり、きっと地味でえげつない戦い方であったはずだ。
そんな私の思いにそうはずれないチャンバラ場面であったことに感心した。もちろん娯楽映画であり、イケメンの俳優たちをクローズアップするような撮影である以上、過剰な演出は致し方ない。
ただ、無理して観るような映画ではない。なにせ続編があるので不満が残るが、原作は29巻あることを思えば、これも当然なのだろう。よくよく考えると、私が本当に久々に見たチャンバラ映画であった。
時代とともに殺陣も変わるのだと思いました。まァ、原作ファンにはいろいろ文句があるかもしれませんがね。