ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

ビッグ・ノーウェア ジェイムズ・エルロイ

2021-12-10 18:09:00 | 

長年疑問に思っていた。

ジェームズ・エルロイがアメリカ・ミステリー界の最北端だとの評は良い。サイコ・ミステリーの書き手はそう多くないが、その中でもエルロイの作品から漂う残虐さ、無慈悲さは群を抜いているからだ。あまりにきつくて、私など読むのは年に一回と決めているぐらいだ。

しかし、私が分からなかったのがエルロイを評してアメリカ文学界の狂犬だとされていることだ。文学?エルロイが文学の範疇に入るのか?

最近になってだが、ようやくエルロイがアメリカ文学界で評価される理由が分かってきた気がする。

エルロイはアメリカの司法を信じていない。警察の不正、検察の不作為、そして裁判の不公正さを犯罪者の一人として実際に看てきたが故に、アメリカの正義を信じられなくなっている。

その正義の体面を守るため、数多くの犯罪が隠蔽され、犯罪者が野放しにされ、それをやってのけた人間が出世して司法組織を守っている。守られるべき善良なる市民は踏みにじられ、蹂躙され、最後は社会から抹殺される。

これほどまで苛烈にアメリカの正義を突き放した作家が他にいるだろうか。彼はジャーナリストでもなく、元警察官でもない。検事でもなく裁判官でもない。

母親を殺され、アル中の父親のもとに置かれ、まっとうに育つことなく犯罪者の予備軍として街をうろつき、何度も捕まりながらも決して更正することなく、犯罪を繰り返してきた。

ただ知能が高く、その強烈な自我ゆえに自らの置かれた状況を甘受できず、武器をナイフからペンに変えて、犯罪者でなければ書けないミステリーを書いて世に出た異能の作家である。

ただの元・犯罪者ではない。心の奥底に、正義を看板にするアメリカ社会への痛烈な怒りを秘めた作家である。

表題の作品では、主人公たちは皆警察官ではあるが、誰一人犯罪に手を染めていない者はいない。それでも正義を実現しようと奮闘し、遂には踏みつぶされた警官たちである。

彼らが追い求めた正義と、彼らを踏みにじった正義。怒りの置き場をどこにもっていけばよいのか。どこにもない!

そんなエルロイの怒りが聞こえてくる逸品です。読み手を選ぶとは思いますが、興味がありましたら是非ご一読を。

コメント (2)
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