もはやハチミツは貴重品なのだろうか。
一匹のミツバチがその生涯に採取して出来る蜂蜜の量は、わずかにティースプーン一杯だと言う。かくも微量な蜂蜜だが、その栄養価は完璧に近く、しかも保存食としても際立って優秀だ。
そのため古来より人間の食物として活用されてきたが、昨今の農薬の発達が複合汚染としてミツバチを苦しめ、なぞの集団失踪事件を起こし、養蜂家を絶望させたのは数年前のこと。
人間の作る商品作物だけでなく、何気ない花々の受粉には蜂は必要不可欠であり、ミツバチがいなければ農業は壊滅的打撃を受ける。困ったことに、ミツバチの集団失踪は世界規模で起きたので、現在もそのダメージは回復しきれていない。
以下、私が贔屓にしている某自然食品専門店の店主から伺った話。
私がその店を知ったのは30代の時だ。当時は減塩に凝っていて、同じ難病仲間から聞いた「精製された塩よりも、天然塩のほうが腎臓に優しい」を真に受けて、手ごろな岩塩を探して行き着いたのがその店だった。
当初は塩ばかり買っていたのだが、ある日店主から「これ、舐めてみてよ」と云われて試したのがレンゲの蜂蜜。驚いた、軽い甘さでありながら、豊潤な香り。訊けば、国内の養蜂農家から直に仕入れたその年の新作だとか。
値段はちょっと高めで、一瓶8千円(当時)した。私的には値段よりも、量(一リットル入り)のほうがきつかったが、紅茶に入れたり、パンやホットケーキに塗ったりして、一年以内に食べ切った。
以来、その店を贔屓にしていたのだが、件のミツバチ失踪を受けて、国内のレンゲの蜂蜜はレアモノと化し、入手できずにいた。仕方ないので、店主が進めるルーマニア産やニュージーランド産の蜂蜜を買っていた。
ところが、その店主から今年は自信をもって奨められる蜂蜜がないと云われてしまった。
理由を尋ねると、どうも混ぜ物があるらしく、こんな純粋な蜂蜜を売りにしている当店では扱えないものが増えて、必要な商品を揃えられないとのこと。
そこで先日、店を訪れて詳しく訊いてみた。冒頭に書いたように、本来蜂蜜は微量にしか採取できない。特に品質の良い蜂蜜は、量が限定される。ところが、近年出荷量が異様に多い。そんなに採れるはずがないので、調べてみたら砂糖水から作られた蜂蜜が混じっているようなのだ。
蜂蜜といえば花から採るものだと思い込みがちだが、実はいろんなものから採れる。なかでも困るのは、公園などで人間が捨てる甘味のお菓子だ。特にチョコレートにミツバチが集いがちで、その結果色の濁った蜂蜜が巣箱に出現することになる。これは売り物にならない。
また冬場など花の少ない時期は、養蜂家みずから蜂に砂糖水を与えて、蜂を元気づけることもある。これは昔からあったことで、短期間ならば問題ないらしい。
しかし、店主が言うのは、この砂糖水等から作られたと思しき蜂蜜の量が以前よりも格段に増えているようなのだ。ブランド名は教えてもらえなかったが、ある国で採取される人気の蜂蜜は、その花の量自体が少なく年間で400トン程度の蜂蜜が出荷されるはず。ところが実際には1500トン以上の蜂蜜が出荷されていることが露呈した。
この明らかに水増しされた有名な蜂蜜は、その国の業界で問題となり、現在内部調査がされているらしい。その蜂蜜のブランド化には、相当な苦労があっただけに、その価値を貶める水増し問題は、その国では看過できぬこととなり、その情報が公開されたわけだ。
やばい、私も買ったことあるぞ。値段は高いが、たしかに美味しい蜂蜜なんだよね。でも、今年は入荷しないそうだ。
結局、私は国内の養蜂農家直卸のアカシアの蜂蜜を予約して、その店を後にした。
余談だが、現在の日本の大手食品会社の販売する蜂蜜は、シナの蜂蜜を主体にしたものが多い。件の店主は「うちはシナからの蜂蜜は絶対売りません」と断言していた。
シナの蜂蜜は昔は伝統的な良い味であったそうだが、経済発展が進んでからは、その品質に疑問が生じて一切仕入れなくなったそうだ。特にミツバチの集団失踪事件以降、シナでも蜂蜜不足が生じたのは事実。にもかかわらず、以前よりも出荷量が増えている。これを怪しまないほうがおかしい。
いや、日本国内でも実際に水増しは増えていると考えるほうが自然だと思う。まァ有害物質が混入している訳ではないけど、やはり嫌な気分ですね。