私は基本的にネット上では仕事はしないと決めている。
守秘義務の観点からも好ましくないし、表に現れない情報が重要であることも多く、安易な助言が出来ないと考えているが故である。
ただし一般論ならば書いても構わないと思っている。今回、書く気になったのは、ここ最近、贈与税の暦年課税の強化が、わりと話題になっているからだ。贈与税という奴は、あまり馴染がない税金だと思うので、改めてまとめてみた。
まず基本から。贈与とは、財産の無償の所有権移転を言う。要はタダで物をもらうことだ。この贈与で受けた経済的利益に対して課税するのが贈与税である。
タダで所有権移転しているのに、その経済的利益とはなんのことか。これは例を挙げた方が分かり易い。例えば、上場された株式(時価1000万円)を子供や孫に贈与することだ。贈与契約時代は無償だが、受け取った側には時価相当額の財産が授与されている。この時価相当額に対して課税することになる。
興味深いのは、贈与税法といった法令はない。相続税のなかに、贈与の規定があり、相続税法の中に組み込まれている。
これは、政府が贈与を、相続の前払いだと認識しているからである。事実、多くの贈与は、相続税対策で行われることが多い。なかでも、一番簡単に出来る相続対策が、110万円の金銭贈与である。
贈与税には非課税の枠(基礎控除)がある。110万円マイナス110万(基礎控除)=0円であるから、贈与税は0円となる。
ある資産家が、子供2人、孫4人に毎年一人110万円の贈与を実行すれば、10年で6600万円の財産をタダで子孫に残せる。単純だが、効果的な相続税の節税手段である。
実際には、実務上注意しなければならないことが幾つかあるのだが、別に節税指南が目的のブログではないので、これは割愛します。個別に質問されても返答しません。
この節税策は長年行われており、その指南役として税理士が活躍しているのは確かです。ただ、国税当局はこれを苦々しく思っていたようで、時折制約を加えてきていました。
今、話題になっている暦年贈与の制限もその一環だと、私は認識しています。
多分、不安になった方も少なくないと思います。実際、私も顧問先から時折、この連年贈与の課税強化に関して尋ねられることが増えました。無理もないと思います。実際、年末に公表される税制改正大綱には、毎年のように贈与税の課税強化が論点として取り上げられています。
ただし、現時点ではまだあまり心配し過ぎることはないと考えています。
というのは、この暦年贈与への課税強化を報道する記事の多くは、私の同業者たちが書いているものが多いからです。つまり、ぶっちゃけ不安を煽って顧客を獲得せんとする営業戦略の匂いが濃厚なのです。別に嘘は書いていませんし、決して不正だとも思いません。ただ、煽り過ぎだとは感じています。
私も税務の現場に身を置いて30年ちかくになりますが、贈与に対する課税は非常にナイーブで厄介なのが実情です。
なぜかというと、贈与には日常的なものも含まれていますし、それに課税するのは国民感情からしても難しいからです。具体例を挙げましょう。
① 祖父が孫の高校入学祝いに50万円のPCを送った。
② 祖母が入院した孫の介護費用として半年分100万円を息子に渡した。
③ リストラされて無職の娘夫婦を心配して、生活費100万円を現金で渡した。
上記はいずれも贈与です。ですが、税務の現場で、これらに課税されたことはありません。なぜなら贈与税の非課税規定の枠内に収まると判断できるからです。
④ 祖父が孫が東京の大学に入学したので、4年分の生活費として1000万円振り込んだ。
⑤ 父親が医大受験に失敗した息子の生活費一年分1000万円を振り込み、その代わりバイトを禁止した。
これは微妙です。④について税務署は強固に贈与税の課税対象だと主張していましたが、最終的には生活費の根拠となる資料を呈示して課税を回避できました。⑤については、相当に揉めました。幸いと云うか、この息子さん質素な暮らしぶりで、領収証なども保存してあったので、やはり生活費として課税を免れました。
⑥ ようやく大学に合格したお祝いに、祖父が孫に高級外車1000万相当をプレゼントしました。
⑦ 医大を卒業し数年後、ようやく開業に至った孫の医院設立の資金1000万円を祖父が振り込んだ。
⑥は完全にアウトです。⑦もやはり完全にアウトなのですが、これは事前に相談があったので、開業資金の貸与との形式を整えてあったので、課税を回避できました。金利は大幅安ですけどね。
①から③までは、常識の範囲で分かる非課税ですが、④から⑦は対応いかんで課税される場合もあるグレーゾーンです。
簡便に説明しましたが、税務の現場では贈与税の課税、非課税の扱いは非常に面唐ナす。そこで国税当局は、住宅資金の贈与(相続)税精算課税制度や、教育資金の信託銀行扱いによる非課税制度などを設けて、実態を明らかにして、その後の課税に備える戦略と採用しています。
なかでも相続税精算課税制度は厄介な制度で、これを一度でも選択してしまうと、親からの贈与は全て相続時に精算となるので、ちょっと危ない制度だと私は考えています。
その一方、信託制度を利用した贈与プランは、手数料が高い他は国税当局にとっては極めて有用な制度となっています。税務調査の現場で一番厄介な資金の流れを金融機関を通じて把握できるのは、国税当局にとってはありがたい制度だと思います。
おそらくですが、国税当局は資金の流れを明白にして、相続(贈与)の課税漏れを把握できる手段を増やすため、新たな贈与税の非課税プランを模索していると思います。それが税制改正大綱に具体的に出てくるはずですが、かなり難しいと思います。
率直に言いますと、贈与について悩むのは、ある程度の資産家です。常識の範囲で収まる程度の贈与ならば、そうそう心配することはないはずですよ。