葉を落とし尽くした落葉松の森の中を通ってくると、雨に煙ぶる辺りの雰囲気がまるで芽吹き出す春先のころとよく似ていて、一瞬だが勘違いさせられた。これから冬に向かおうという矢先に、あれは山人への季節の仕組んだ巧妙な悪戯だろうと思い直した。
「バカ」とつい、口にすることがある。しかしその軽く言ったつもりの一言が、若い少年らを大いに傷付けてしまったことを最近知った。
この夏、「伊那谷うまっこウォーク」という、その名の通り馬と一緒に、駒ケ根から入笠までのおよそ50キロの道程を、3泊4日をかけて歩くという子供を中心にした催しがあった。
その3泊目が当キャンプ場だったわけだが、濡れてやってきた先行の少年たちを小屋に招じ入れたまではいいが、「ふつうの山小屋はこんな親切じゃないぞ」みたいなことを言ったらしい。風邪を引かせてはまずいと思ってあれこれ世話を焼いたときに発した言葉のようだが、これでまず気分をこわされた少年がいた。そして本隊が到着して設営に入った段階で、どうもテントの正しい張り方を知らないようだからとそれを教えていたときに、問題の「バカ」が飛び出したようだ。
最近手許に届けられた彼らの手記を読めば、わがことながら何ともガラの悪い管理人だと読める。それは認めよう。つい、彼らに心やすさを感じてしまったのは、「石堂越え」を提案し、その下見に参加した際には大丈夫かと心配していた山道を、雨にもめげず、彼らは立派にちゃんと歩いてきたからだ。そのことに感心し、安堵し、勝手に親しみを強くした。
さてここからだが、この「バカ」と言われた少年は、「発狂寸前」になり、「おじいちゃんと刺し違えよう」とまで思ったらしい。少年の友人はそう書き、当の本人も、その手記で憤慨し、怒りに燃えた様子を細かく書いている。どちらの手記も、しっかりとよく書けているから「おじいちゃん」はタジタジになって読んだ。そして少し、笑った。
少年らの中には、実に繊細で、感受性の強い、しかし耐性に弱く、自分の感情に溺れやすい子がいることを知った。確かに、この子らは悪くない。そのことも、この子らの怒りに火を点けた原因だろう、理不尽だと。
だがこの程度のことで「おじいちゃんと刺し違えて」はいけない。そういう怒りは、正しくない。そのことは、きちんと教えるべきだが、その一方、彼らは多くの場合正しいのではないか。学校で、家庭で、友人との間で、正しいにもかかわらず、それらが認められずに傷付き、怨み、結果仕方なく逃避し、自らを閉ざしてしまう、そんな気がする。と、言って同情しているわけではない。(つづく)
入笠牧場の宿泊施設及びキャンプ及びキャンプ場の営業に関しましてはカテゴリー別の「H27年の営業」、「H27年度冬季営業」を、また天体観測に関心のある方は「入笠牧場からの星空」をご覧ください。