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今日は雨の1日。この土地特有の深い霧と雨に濡れた新緑が、その鮮度を増すだろう。
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谷にはまだ残雪
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ミズナラの木の芽吹きが遅い
やがてはこれらの木々の葉の色も、単調な深緑色に変わり、葉の色からは今のように木の種類を見分けることができなくなる。いつかまたできるとすれば、色付いた葉がそれぞれの艶やかさを主張する秋だろう。
恩師今井先生の訃報を耳にしたと思ったら、今度は少年のころから親しくしていた1歳年上の「筆屋のアッチャ」が亡くなってしまった。アッチャは小さいころは評判の腕白坊主だったが、大きくなってからは人の良いだけの男になって、同好の士と野球やソフトボールに熱中していた。まだ東京に暮らしていたころ、たまの帰省で出会うと、挨拶代りのように「何かいいことねえーかなぁ」と、決まって言った。アッチャも恋愛結婚だったし、3人の子の父親にもなった。「いいこと」もいっぱいあったはずなのに、それが彼の口癖で変わることはなかった。アッチャの早すぎる死は、努力して、介護の仕事に新しい進路を見つけた矢先のことだった。
この仕事を初めて早くも8年になる。やることは毎年ありふれた徒労にも似た仕事である。しかしアッチャのように、「何かいいこと」を欲しがらないことにしている。何の不満もないのかと聞かれれば、それも違うが・・・、この山の中で牛と、四季の移ろいを見ながら暮らせればそれでいいと、最早そう思うことにした。
高校生のころ、アッチャともう1人Tを交え、夜になると天竜川の河原に連れだって、煙草を吸った。何を話したかはもう記憶にないが、そのころはアッチャの口癖はなかったような気がする。あのころは3人ともまだ、「何かいいこと」を探さなくてもよい時代にいたのだろう、きっと。
こんな雨の日の誰もいない山の中で、そんな昔のことをあれこれを思い出しながら、まだとても「アバヨ」など言えない、アッチャ。涕泣・合掌。