■今日、平成25年2月27日(水)午後1時10分に、前橋地方裁判所で画期的な判断が示されました。当日は、市民オンブズマン群馬の幹部メンバーらが勢ぞろいして、前橋地裁のロビーに集合しました。
午後1時に裁判所の職員が地裁の2階の第21号法廷の部屋の鍵をあけると、待ちかねた傍聴者らが席を埋めました。
午後1時10分に大野裁判長ら3名の裁判官が法廷に姿を現しました。傍聴席を含め、全員が起立して着席し、さっそく平成24年(行ウ)第10号知事公舎妾化損害賠償請求事件の判決文を裁判長が読み上げました。直ぐに、原告住民側の請求が却下及び棄却されたことがわかりました。
この間僅か5分でした。外に出るとマスコミ陣から感想を求められましたが、「住民側の負け。ただし、判決文は午後2時にならないと地裁の方から入手できないと言われているので、午後3時の県庁の刀水クラブでの記者会見までに、判決内容を読んで、記者会見時に感想を述べます」と伝えました。
■午後2時に地裁3階の窓口で、次の判決文を受領し、さっそく内容を吟味しました。それでは、前橋地裁が下した画期的な判決を見てみましょう。
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平成25年2月27日判決言渡し・同日原本交付 裁判所書記官 継田美貴
平成24年(行ウ)第10号 公金不正支出損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成24年12月26日
判 決
前橋市文京町1丁目15番10号
原 告 鈴 木 庸
群馬県安中市野殿980番地
原 告 小 川 賢
前橋市大手町1丁目1番1号
被 告 群馬県知事 大 澤 正 明
同訴訟代理人弁護士 新 井 博
同 指 定 代 理 人 小 見 洋
同 木 村 功 一
同 鯉 登 基
同 杉 田 琢 己
同 田 村 高 宏
主 文
1 本件訴えのうち,被告に対し,大澤正明が群馬県に,別紙1の各契約(番号1ないし14,17ないし21及び23のもの。)を締結させたこと及び同契約に基づき群馬県が負担した債務について支出させたこと並びに別紙2の電気代(番号1ないし38のもの。),別紙3の水道代(番号1ないし19のもの。),別紙4のガス代(番号1ないし38のもの。),別紙5の電話代(番号1ないし38のもの。)及び別紙6のインターネット接続代(番号1ないし36のもの。)を支出させたことに関し,大澤正明に不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還を請求することを求める部分を却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
被告は,大澤正明に対し,1956万8940円及びこれに対する平成24年6月8日から支払済みに至るまで年5%の割合による金員を群馬県に支払うよう請求せよ。
2 被告
(1)本案前の答弁
本件訴えを却下する。
(2)本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,群馬県(以下「県」ということがある。)の住民である原告らが,県知事である大澤正明(以下,同人が,個人として損害賠償義務等の責任主体となる場合は「大澤」と,県の執行機関となる場合は「被告」という。)が,①違法に知事公舎(以下「本件公舎」という。)に知人女性を宿泊させ,これによって県が損害又は損失を被ったのに,被告は,大澤に対する損害賠償請求及び不当利得返還請求を怠っている,②本件公舎を交際相手と宿泊するための施設に改造する目的で,これを改修するための契約を県に締結させ,その費用を支出させるなどの違法な行為により県に損害を与えた,③本件公舎の光熱水費等を負担すべきであるのに,これをせず,県が支出した光熱水費等相当額を不当に利得したと主張して,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づく住民訴訟として,被告に対し,大澤に上記損害又は利得の合計額である1956万8940円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年6月8日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を請求するよう求めた事案である。
2 前提事実
(1)当事者等
ア 原告らは,群馬県の住民である。
イ 大澤は,群馬県知事であり,県が前橋市内に所有する本件公舎に平成19年12月から平成23年7月まで居住していた(以下,この期間を「本件入居期間」という。)。
(争いがない)
(2)本件公舎に関する工事等
ア 県の管財課長は,別紙1「工事・委託業務一覧表」の各欄に記載のとおり,各工事ないし委託業務に関する契約を締結した(以下,各番号の契約を「本件○○番の契約」といい,これらを併せて「本件各契約」という。)。
イ 県の会計管理者は,県が本件各契約により負担した債務についての支出(以下「本件各支出」という。)をした。
(争いがない)
(3)本件光熱水費等
本件公舎の本件入居期間における電気,水道,ガス,電話及びインターネット接続代(以下,これらを併せて「本件光熱水費等」という。)は,別紙1ないし6及び別紙7「経費(光熱水費等)支出額一覧(平成19年12月~平成23年7月)」の各欄に記載のとおりであった(乙29,32の2)。
(4)本件公舎提供行為
大澤は,平成23年7月8日から翌9日にかけて,本件公舎に知人女性を宿泊させた(以下「本件公舎提供行為」という。)。同月13日ころ以降,週刊誌等により,同知人女性は大澤の交際相手であり,大澤は,同知人女性を多数回にわたり本件公舎に宿泊させた等と報道された(甲1の2,3)。
大澤は,平成23年7月31目,本件公舎を退去した(争いがない)。
(5)住民監査請求
原告らは,平成24年2月23日,大澤について,違法又は不当な①本件公舎提供行為,②本仲冬契約ないし本件各支出及び③本件公舎の光熱水費等の支出が認められると主張し,群馬県監査委員に対し,必要な措置を講ずべきことを請求する住民監査請求を行った(甲1)。
群馬県監査委員は,平成24年5月1日,上記住民監査請求を棄却した(甲3,4)。
(6)群馬県行政組織規則(昭和32年規則第71号。以下「行政組織規則」という。)の定め(乙27の3)
13条(総務部各課,室及びセンターの分掌事務) 総務部各課,室及びセンターの分掌事務は,次のとおりとする。
管財課
三 公有財産の取得,管理及び処分(他課の主管に関するものを除く。)に関すること。
(7)群馬県公有財産事務取扱規則(以下「公有財産規則」という。)の定め(乙27の5)
7条(事務の分掌)
2 部長…は,その所掌する公有財産に関する事務を主管課…の課長に分掌させるものとする。ただし,第60条第3項第2号から第6号までに掲げる公有財産その他主管課の課長以外の課長に分掌させることが適当な公有財産に関する事務は,当該公有財産の用途に従い,それぞれの課長又は地域機関等の長に分掌させるものとする。
(8)群馬県公舎管理規則(昭和43年規則第52号。以下「公舎管理規則」という。)の定め(乙27の6)
1条(趣旨) この規則は,別に定めがあるもののほか,公舎の管理に関する事務について,必要な事項を定めるものとする。
2条(定義) この規則においてF公舎jとは,県が公務の円滑な運営を図るため,県に勤務する職員の居住に供する目的を持って設置した施設をいう。
8条(遵守事項) 使用者は,公舎を常に善良な監理者としての注意をもって使用するとともに,次の各号に掲げる行為をしてはならない。ただし,第1号及び第2号に掲げる行為で知事又は地域機関等の長の許可を受けたものは,この限りでない。(1号略)
二 職員と生計を一にする者以外の者(使用人を除く。)を同居させること。
三 転貸し,又は目的外に使用すること。
9条(費用負担)次の各号に掲げる費用は,使用者が負担するものとする。ただし,特別の事情があって知事が必要と認めた場合は県が負担する。
(1号略)
二 電気,ガス,水道等の料金
(3号略)
(9)群馬県財務規則(平成3年規則第18号。以下「財務規則」という。)(乙27の4)
4条(財務に関する専決) 知事の権限に属する事務の専決は,次の各号に掲げる事務の区分に従って,当該各号の定めるところによる。・‥
一 第6章に規定する契約に関する事務 別表第一の二
二 第64条の支出負担行為及び第68条の支出命令 別表第一の三
別表第一の二 支出の原因となる契約に関する意思の決定に係る事務に係る課長の専決区分 建設工事費(設計に係るものを除く。)及び土地の取得依頼に係るもの以外の委託料(以下「その他委託料」という。)のうち,新規のものは1000万円未満,継続のものは3000万円未満
別表第一の三 支出負担行為及び支出命令に係る課長の専決区分 その他委託料につき全額
(10)群馬県処務規程(昭和39年訓令甲第8号。以下「処務規程」という。)の定め(乙27の1)
4条(専決) 副知事,部長,副部長,局長,事務局長,主管課の長(以下「主管課長」という。),課長,会計管理者,会計局長,地域機関等の長及び出張所等の長は,この訓令で定めるもののほか,別に訓令で定めるところにより事務を専決することができる。
(11)群馬県事務専決規程(昭和43年訓令甲第11号。以下「専決規程」という。)の定め(乙27の2)
4条(共通専決事項)
1項 部長,主管課長,課長及び係長は,…その分掌事務に関し別表第二に掲げる事務について専決することができる。…
5条(個別専決事項)
1項 部長,会計局長及び課長は,別表第三に掲げる事務について専決することができる。
別表第二
課長専決事項
五十一 その他分掌する事務のうち軽易な事項…を決定すること。
別表第三
三 課長専決事項
総務部管財課 二(六)公舎管理規則9条ただし書により,使用者費用負担の例外を認めること。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,(1)本件公舎提供行為の違法性,(2)本件各契約及び本件各支出並びに県による本件光熱水費等の支出のうち平成23年2月23日より前になされたもの(別紙1の各契約のうち番号1ないし14,17ないし21及び23,別紙2の電気代のうち番号1ないし38, 別紙3の水道代のうち番号1ないし19,別紙4のガス代のうち番号1ないし38,別紙5の電話代のうち番号1ないし38,別紙6のインターネット接続代のうち1ないし36。以下,併せて「本件期間経過部分」という。別紙1ないし6の着色部分。)に関する原告らの住民監査請求が,法定の1年を経過した後にされたことについて,「正当な理由」(法242条2項ただし書)があるか,(3)本件各契約ないし本件各支出の違法性,(4)本件光熱水費等を県が支出したことの違法性である。
(1)争点(1)(本件公舎提供行為の違法性)
(原告らの主張)
本件公舎提供行為は「職員と生計を一にする者以外の者を同居させること」又は「目的外に使用すること」に該当し違法であり,また,大澤は法律上の原因なく宿泊料相当額の利益を得たものである。本件公舎の利用料は,同等の設備を有する民間宿泊施設を利用した場合と同程度である1泊14万円と考えるべきであり,県は,本件公舎提供行為によりこれと同額の損害又は損失を被った。よって,県は,大澤に対し,14万円の不法行為による損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有する。
(被告の 主張)
本件公舎提供行為が,大澤の県に対する不法行為又は不当利得に当たるとの原告らの主張は争う。
本件公舎提供行為は,群馬県公舎管理規則上禁止されている行為に該当しないし,知事である大澤が本件公舎に居住している限り,その目的に反するものとはいえず,県は大澤に対して損害賠償請求権等を有しない。
(2)争点(2)(「正当な理由」の有無)
(原告らの主張)
原告らは,平成23年7月に報道された財務会計行為の具体的な内容について調査するため,大澤に対する公開質問や,県に対する文書開示請求等を繰り返し行った。しかし,県は大澤と一体となって情報を隠匿し違法な財務会計行為があること隠ぺいし続けた。そのため,原告らは,相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった。その後,原告らは,平成24年1月4日,県から開示請求の対象となる文書が不存在である旨通知されたことにより,県が事実を隠ぺいしようとしていることを認識し,それから相当な期間内である同年2月23日に本件住民監査請求を行った。したがって,原告らには法定の期間経過後に住民監査請求を行ったことについて「正当な理由」がある。
(被告の主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
本件各契約に基づく工事ないし委託業務は,誰でも目にできる状態で実行されていた。また,本件各支出や,県による本件光熱水費の支出に関する情報は公開されており,群馬県情報公開条例に基づく請求があれば,誰でも知ることができた。よって,これらは,秘密裡にされたものではないし,住民が相当の注意力をもって調査すれば,当該各行為の直後から客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたものである。よって,原告らが法定の期間を徒過したことに「正当な理由」はない。
(3)争点(3)(本件各契約ないし本件各支出の違法性)
(原告らの主張)
本件各契約は,法令上要求される手続に反して締結されたものであり,違法である。
また,知事公舎は,知事の公務を遂行する目的及び知事の家族と居住する目的で使用されるべきであるところ,大澤は,本件公舎を交際相手と宿泊するための施設に改造する目的で本件各契約を県に締結させたものである。よって,本件各契約は,必要性・相当性に欠け,財務会計法規上違法であり,これに基づく本件各支出も違法である。
したがって,本件各契約及び本件各支出に関し,大澤には不法行為法上の過失があり,県に別紙1「工事・委託業務一覧表」の「契約金額(税込み円)」に記載の金額の損害を負わせた(ただし,本件10番の契約の代金は,本件11番の契約の代金に含まれるから,これを加算しない。)ものであるから,県は,大澤に対し,1903万2300円の損害賠償請求権を有する。
(被告の主張)
本件各契約は,県の管財課長が適法に専決したものであり,手続上の違法はない。
また,本件各契約の目的は,別紙1「工事・委託業務一覧表」の「施工理由(乙号証番号)」欄に記載のとおりであり,いずれも必要性・相当性があるというべきである。よって,管財課長には,本件各契約を締結したことについて,裁量の逸脱・濫用はなく,財務会計法規上適法であり,本件各契約に基づく本件各支出も適法である。
したがって,本件各契約及び本件各支出に関し,大澤に不法行為法上の過失はない。
(4)争点(4)(本件光熱水費等を県が支出したことの違法性)
(原告らの主張)
大澤は,本件公舎の使用者として,平成20年3月分から平成22年3月分までの本件光熱水費等を負担すべきであるのにこれを負担せず,その全額を県に支出させた。仮に,大澤が毎月1万6700円を負担していたとしても,大澤が本来負担すべき金額はこれを超えていたはずである。
よって,本件光熱水費等を県が支出したことは財務会計法規上違法であり,県が違法に支出した額は,1か月当たり1万2000円を下らず,同額について大澤は法律上の原因なく利得し,県は損失を被った。したがって,県は,大澤に対し,19万2000円(1か月当たり1万2000円×平成20年12月分から平成22年3月分までの16か月分)の不当利得返還請求権を有する。
(被告の主張)
群馬県においては,法令上,公舎の光熱水費等の経費について,その一部を使用者が負担して残部を県が負担する制度(一部負担制度)を採用することが認められている。
県の管財課長は,本件公舎について同制度を採用することを適法に専決し,使用者の負担額の上限につき,総務省等の資料を基に,平成9年から光熱水費を毎月1万3000円,平成17年から電話使用料を毎月3700円とし,現在も同基準に従って運用している。そして,大澤は,本件入居期間,県に対し,上記光熱水費及び電話使用料の自己負担分として毎月1万6700円を支払っていた。
よって,大澤に不当利得はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件公舎提供行為の違法性)について
(1)原告らは,本件公舎提供行為が公舎管理規則8条2号の「他人を同居させ」又は同条3号の「目的外に使用」したことに当たり,違法又は法律上の原因がない旨主張する。
しかし,前提事実(4)のとおり,大澤は,本件公舎提供行為において,知人女性を本件公舎に1泊させたに過ぎず,同女性を本件公舎に「同居」すなわち一定期間居住させたとはいえない(なお,本件公舎提供行為を報道した週刊誌(甲1の2)は,大澤が同女性を本件公舎に宿泊させたのは,昨年(平成22年)が30回,今年(平成23年)が13回に及ぶとしているが,仮にそうだとしても,これをもって,大澤が知人女性を同居させたとまで評価することはできない。)。
(2)次に,公舎は,「県が公務の円滑な運営を図るため,県に勤務する職員の居住に供する目的」で設置されるものであるところ(公舎管理規則2条),公舎が職員の居住の用に供される以上,当該職員が知人や友人を公舎に招いて接遇することは当然に想定されているものというべきである。したがって,知人を宿泊させたことをもって,直ちに公舎を目的外に使用したとはいえない。本件公舎提供行為が,婚姻外の交際相手を宿泊させたという点において道義的に不適切であったとの批判は免れないとしても,本件公舎提供行為が存在したことのみをもって大澤による公舎の使用が目的外で違法であるということはできない。
(3)以上のとおり,本件公舎提供行為が,県に対する不法行為ないし不当利得に当たるとは認められない。
2 争点(2)(「正当な理由」の有無)について
(1)別紙1ないし6に記載のとおり,本件期間経過部分については,各財務会計行為である本件各契約の締結ないし本件各支出がされてから1年を経過した後の平成24年2月23日に住民監査請求がされたものである(本件各契約の締結日は明らかでないが,いずれも本件各支出前(別紙1の契約期間の少し前ころ)に締結されたものと祖語される。)。したがって,本件訴えのうち,本件期間経過部分に関する部分については,法242条2項ただし書の「正当な理由」がない限り,適法な住民監査請求の前置がないことになる。
(2)法242条2項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,財務会計上の行為について,これが秘密裡にされたか,又は住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができない場合に,その後,住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁昭和63年4月22日判決・裁判業民事154号57頁,同平成14年9月12日判決・民業56巻7号1481頁参照)。
(3)そこで,以下,本件各契約,本件各支出及び本件光熱水費等の支出の順に,これらの点について検討する。
ア 本件各契約について
本件各契約に基づく工事ないし委託業務の内容は,本件公舎のフェンスの工事やブロック塀の補強などであり,工事前後の写真(乙1の6,2の4,3の5,6の3,7の3,11の3,14の2,17の3,18の3,20の3,22の1,23の3,24の4,25)及び弁論の全趣旨からすれば,本件公舎の敷地外からでも工事がされていることを了知し得たものと推認され,本件各契約が秘密裡にされたとは認められず,また,県の住民が,本件冬契約に基づく工事ないし委託業務が実施された後,相当の注意力をもって調査を尽くしても監査請求をするに足りる程度に本件各契約の存在又は内容を知ることができなかったとは認められない。
イ 本件各支出について
別紙1「工事・委託業務一覧表」の15番,16番,22番及び24番以外の契約に基づく支出について住民が相当の注意力をもって調査を尽くした場合に,客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができた時期及び原告らが同時期から相当な期間内に監査請求をしたかどうかについて検討する。
(ア)証拠(甲1の2,甲5ないし15)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 前提事実(2)のとおり,平成23年7月13日に発売された週刊誌は,同月8日に大澤がその知人女性を本件公舎に宿泊させた旨報じたものである。同記事には,要旨,「知事のために県庁近くに公舎が必要になり,従来の知事公舎は取壊し済みであったので,1400万円以上の改修費を費やして副知事公舎を本件公舎に改修したものであるが,この改修は,知事の知人女性を周囲の日から遮るためのものではないかという疑惑がある。」との記載がある。
b 原告らは,上記報道を契機に本件公舎の改修及びそのための支出がされたこと等を知り,同月20日,被告に対し,「本件公舎の利用に関する一切の情報」を開示の対象とする公文書開示請求をし,同年10月21日,本件光熱水費等に関する文書などが開示されたが,本件各契約や本件各支出に関する文書はこれに含まれていなかった(公文書開示請求から開示までの期間は,3か月と1日間である。)。
c このため,原告らは,同年12月19日,大澤に対し,「本件公舎に関して秘書課が管財課との間で提出或は受領した一切の書類」及び「群馬県知事公用車の運行に関する一切の情報」の開示を請求し,前者については平成24年1月4日に公文書不存在決定がされ,後者については同月20日に廃棄前の部分が開示され,これにより,本件各契約や本件各支出に関する文書も開示された(公文書開示請求から開示までの期間は1か月と1日間である。)。
(イ)前提事実及び上記(ア)で認定した事実によれば,県の住民は,平成23年7月13日の報道で,本件公舎の改修がされ,そのために1400万円以上の改修費が支出されていることを知ることができたものである。そして,原告らが同日ころに本件公舎の改修ないし改修費に関する公文書開示請求を行っていれば,遅くとも当初の公文書開示請求((ア)b)から開示までの期間(3か月と1日)経過後の同年10月14日ころには,これらに関する公文書の開示を受け,客観的に見て監査請求をするに足りる程度に本件各支出の存在又は内容を知ることができたものと推認することができる。
そして,前提事実(5)のとおり,原告らが住民監査請求を行ったのは平成24年2月23日であって,上記本件各支出を知り得た日である平成23年10月14日ころから4か月以上経過していることからすれば,相当な期間内に監査請求がなされたものということはできない。
(ウ)以上のとおり,本件期間経過部分に関する住民監査請求については,住民が相当の注意力を持って調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求がなされたということはできないから,「正当な理由」があるということはできない。
原告らは,県が文書開示期限を故意に引き延ばしたこと等から,監査請求をするに足りる証拠資料の収集ができなかったので,「正当な理由」があると主張するが,本件全証拠によってもそのような事実は認められない。なお,原告らが平成23年7月13日にした公文書開示請求は,「本件公舎の利用に関する一切の情報」を対象とするものであったから,本件各契約や本件各支出に関する公文書が開示されなかったのは当然というべきである。
したがって,原告らの主張は採用することができない。
ウ さらに,本件光熱水費等の支出のうち,平成23年2月23日より前にされたものについては,上記イ(ア)bのとおり,平成23年10月21日に「本件公舎の利用に間する一切の情報」として開示がされたものと認められる。よって,同日より4か月以上経過後にされた原告らの住民監査請求は,相当な期間内にされたものということはできないから,「正当な理由」があるということはできない。
(4)以上によれば,本件期間経過部分に関する部分については,法242条2項ただし書の「正当な理由」がないことになる。したがって,本件訴えのうち,本件期間経過部分に関する部分(別紙1ないし6の着色部分)については,適法な住民監査請求の前置がないから,不適法として却下すべきである。
3 争点(3)(本件各契約及び本件各支出の違法性)について
(1)上記1で述べたとおり,本件訴えのうち,本件15番,16番,22番及び24番以外の契約及びこれに基づく支出に関する部分については不適法であり却下すべきであるから,以下では,本件15番,16番,22番及び24番の契約に基づく支出についてのみ検討する。
(2)被告の権限について
普通地方公共団体の長は,財産の取得,管理及び処分を担任するが(法149条6号),支出の原因となるべき契約その他の行為(支出負担行為)は,法令又は予算の定めるところに従いしなければならない(法232条の3)。そして,普通地方公共団体の支出は,その長が,会計管理者に対し,政令で定めるところにより命令することによってされる(法232条の4)ところ,普通地方公共団体の長は,当該支出負担行為が不適法である場合には,これに基づく支出命令を発するべきではない旨の注意義務を負うというべきである。
したがって,普通地方公共団体がする支出に関し,これを命じた首長に不法行為法上の過失があるかについては,当該支出のみならず,その原因となるべき支出負担行為の適法性も検討されなければならない。
(3)本件公舎の管理等に関する専決権者
本件公舎に関する事務は総務部管財課以外の課の主管に関するものであるとは認められず,公有財産である本件公舎の管理等に関する事務は,総務部管財課長(以下「管財課長」という。)の分掌事務であると認められる(公有財産規則7条2項,行政組織規則13条(管財課)3号)。そして,うち軽易な事項,具体的には,その他委託料として1000万円未満(新規分)又は3000万円未満(継続分)の支出の原因となる契約に関する意思の決定に係る事務並びにこれらに係る支出負担行為及び支出命令については,管財課長が専決権限を有している(財務規則,専決規程)。
(4)本件15番,16番,22番及び24番の契約について
そこで,本件15番,16番,22番及び24番の契約が,管財課長の専決権限の範囲内において適法にされたものであるか検討する。
ア 本件15番及び16番の契約
(ア)証拠(乙15,16の1ないし4)によれば,別紙1「工事・委託業務一覧表」のとおり,本件15番の契約は,県が,群馬緑化株式会社に対し,本件公舎の庭園内の樹木,芝の維持管理業務を委託したものであって,平成20年度から継続してされている(本件15番の契約が平成22年度,本件16番の契約が平成23年度のものである。)ものであり,その委託料は,本件15番の契約が42万円,本件16番の契約が39万9000円であること,管財課長は,本件15番の契約については平成22年4月1目に,本件16番の契約については平成23年4月1日に,それぞれ契約を締結することについて決裁(専決)したことが認められる。
(イ)庭園の樹木及び芝を放置すれば,これらが荒廃して美観等の価値を損なうことは容易に想定しうる。よって,本件公舎の所有者である県が,樹木及び芝の維持管理等のための業務委託を行うことが財務会計法規に照らして違法であるということはできない。
(ウ)そうすると,本件15番及び16番の契約については,管財課長がその専決権限の範囲内で行ったものであり,また,これらによって県が負担した債務について管財課長が支出命令を行ったことも,専決権限の範囲内であるから,いずれも適法である。
したがって,本件15番及び16番の契約の締結ないし支出は,いずれも適法にされたものであり,これらについて,大澤に不法行為法上の過失があるということはできない。
イ 本件22番及び24番の契約
(ア)証拠(乙22の1ないし3,24の1ないし3)によれば,別紙1「工事・委託業務一覧表」のとおり,本件22番の契約は,県が,群馬緑化株式会社に対し,本件公舎の庭園内のスモモにカイガラムシ等の病害虫が発生したため,その病害枝の伐採業務を新規に委託したものであり,その委託料は,2万4150円であり,本件24番の契約は,県が,群馬緑化株式会社に対し,本件公舎の庭園にアブラムシ等の病害虫が発生したため,その駆除及び植樹のせん定業務を新規に委託したものであり,その委託料は,8万0850円であること,管財課長は,平成23年6月3日,本件22番及び24番の契約を締結することについてそれぞれ決裁(専決)したことが認められる。
(イ)庭園内の病害虫や,それに感染したスモモの病害植を放置すれば,これが他の植樹に伝染等し,枯死するなどして価値を損なうことは容易に想定しうる。よって,本件公舎の所有者である県が,樹木及び芝の維持管理等のための業務委託を行うことが財務会計法規に照らして違法であるということはできない。
(ウ)そうすると,本件22番及び24番の契約については,管財課長がその専決権限の範囲内で行ったものであり,また,これらによって県が負担した債務について管財課長が支出命令を行ったことも,専決権限の範囲内であるから,いずれも適法である。
したがって,本件22番及び24番の契約の締結ないし支出に関し,大澤に不法行為法上の過失があるということはできない。
(5)以上のとおり,本件15番,16番,22番及び24番の契約の締結及びその支出命令は,いずれも管財課長がその専決権限の範囲内において適法にされたものであるというべきであるから,これらについて,大澤に不法行為法上の過失があるということはできない。
したがって,この点に関する原告らの請求は理由がないので棄却すべきである。
4 争点(4)(本件光熱水費等を県が支出したことの違法性)について
(1)上記1で述べたとおり,本件訴えのうち,本件光熱水費等の支出のうち,本件期間経過部分に間する部分は不適法であるから,以下では,同日以降の支出(以下「本件2月23日以降の支出」という。)について検討する。
(2)ア 公舎の電気,ガス,水道等の料金について,特別の事情があって知事が必要と認めた場合には,使用者負担の例外として,県がこれを負担することとされており(公舎管理規則9条ただし書。以下「一部負担制度」という。),この使用者負担の例外を認めることについては総務部管財課長が専決権限を有する(処務規程,専決規程)。
イ 証拠(乙29,30の1,30の2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)群馬県では,昭和44年から水道光熱水費について,昭和46年から電話使用料について,平成17年からインターネット接続代について,一部負担制度をそれぞれ採用し,度々,公舎使用者の負担額を改定していた。
(イ)総理府統計局(当時)「家計調査報告」の「前橋市勤労者1世帯当たり1か月間の光熱水費調」によると,昭和56年2月から昭和57年1月までの光熱水費の月平均額が1万2431円であったことなどから,本件公舎の水道光熱費のうち,自己負担額の上限は,昭和57年4月1日,本件公舎の使用者の負担額の上限を1万2400円と決定されたが,平成元年の消費税法の導入及び平成9年の税率の引上げにより,平成9年5月1日以降,1万3000円と定められた。
(ウ)平成16年度総務省統計局「家計消費状況調査」の関東地区・平均全世帯平均の固定電話使用料が3735円であったことから,平成17年11月1日以降,本件公舎の電話使用料のうち,自己負担額の上限は,3700円と決定され,この金額は,その後変更されていない。
(エ)管財課長は,平成22年4月1日,本件公舎の個人加入のインターネット接続代等の全額については自己負担とし,これ以外の分については県費負担とする旨の決裁(専決)をした。
(オ)大澤は,上記(イ)ないし(エ)で定められた負担額に従い,別紙7「経費(光熱水費等)支出額一覧(平成19年12月~平成23年7月)」の「自己負担額」欄に記載の額を負担し,県は,同別紙の「県負担額」欄に記載の額を負担し,これを支出した。
ウ 電気,ガス,水道等の料金は,当該公舎の使用によって利益を受ける当該公舎の使用者が負担するのが原則であるが,当該公舎が公務にも使用される場合には,その費用の一部を県が負担することには合理的な理由があり,一部負担制度がもうけられた趣旨はこのような理由に基づくものと解される。そして,公舎の使用者と県の間での具体的な負担割合については,処務規定等には具体的な規定がないから,管財課長が使用者費用負担の原則に反しない限度で合理的に決定する権限を有するものと解される。
これを本件についてみると,上記イ(イ),(ウ)のとおり,知事が負担すべき水道光熱費及び固定電話使用料は,総理府総務省統牡局が作成した統計資料上の世帯平均の水道光熱費及び固定電話使用料とほぼ同一額となるように定められており,世帯平均の水道光熱費及び固定電話使用料は,知事が本件公舎を使用することにより受ける利益の基準となるべきものと考えられるから,これを基準として知事の負担額の上限を定め,その余を県の負担と定めることには合理的な理由がある。
そして,平成22年まで,世帯平均の水道光熱費及び固定電話使用料が著しく変動したり,管財課長が本件各支出がされた年度における一部負担の決定をするに当たって統計資料等を参照しなかった等の事情は認められない。そうすると,管財課長が,上記イ(イ),(ウ)によって定められたところに従って負担額の決定をしたことは,使用者が居住することによって受ける利益と県が公務によって受ける利益を考慮されずにされたものであるとはいえない。
よって,管財課長による負担額の決定について,裁量の逸脱又は濫用があったとはいえず,適法であるというべきである。
そして,上記圀のとおり,大澤は,本件入居期間における本件光熱水費等のうち,毎月,光熱水費を1万3000円,電話使用料を3700円支払っていたものであり,その余を県が負担していたのであるから(なお,大澤個人加入のインターネット接続代が発生したことを認めるに足りる証拠はない。),本件2月23日以降の支出は,管財課長による負担額の決定に従ったものであり,適法というべきである。
(5)以上のとおり,本件2月23日以降の支出は,いずれも管財課長がその専決権限の範囲内において適法に行ったものであるというべきであるから,これらについて,大澤に不当利得があるということはできない。
したがって,この点に関する原告らの請求は理由がないので棄却すべきである。
5 結論
以上によれば,本件訴えのうち,本件各契約及び本仲冬支出並びに本件光熱水費等の支出のうち,本件期間経過部分は適法な住民監査請求の前置がないから不適法であって却下すべきであり,その余の部分については大澤に不法行為法上の過失ないし不当利得はなく,いずれも理由がないから棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 大 野 和 明
裁判官 佐 伯 良 子
裁判官 毛 受 裕 介
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■こうして、全国の都道府県に先駆けて、群馬県の行政トップの大澤正明・県知事が、20年来交際している愛人を、あろうことか群馬県民の血税で整備され、運営されている公舎に頻繁に連れ込んで宿泊させていた件は、公舎管理規則において禁じている「職員と生計を一にする者以外の者(使用人を除く)を同居させること」に抵触しないという画期的な判断が出されたのです。
つまり、愛人を公舎に何度も引き入れても、常に善良な管理者として使用していると判断され、公舎管理規則に違反することはありません。とくに単身赴任で公舎を利用している職員にとっては、異性の友達や愛人、さらにはホステスやホストを公舎に連れ込んで宿泊させても、違法ではないため、わざわざシティホテルやラブホテルを使う必要はもうないのです。
このように、裁判所が公舎管理規則をきちんと判断して、判決として出したことで、役所の職員にとっては、非常に福音となる裁判結果となりました。
取り急ぎ、前橋地裁の画期的な判決について、皆様にご報告しました。公務員は血税で公社をラブホテル化して、そこに生計を一にする家族ではない別の人物(愛人を含む)を宿泊させても、とくに問題は無い、という、非常に大胆な判断をしたことになります。
■なお、市民オンブズマン群馬では、「こんな画期的な判決が出たのだから、もう争う必要はないだろう」とか、「やはり、このままでは全国の笑い物になるので、徹底的に違法不当行為を是正する意味でも、控訴すべきだ」などという意見がでています。慎重に判断の上、控訴も視野に入れた対応をとろうとしています。
【市民オンブズマン群馬からの連絡】
午後1時に裁判所の職員が地裁の2階の第21号法廷の部屋の鍵をあけると、待ちかねた傍聴者らが席を埋めました。
午後1時10分に大野裁判長ら3名の裁判官が法廷に姿を現しました。傍聴席を含め、全員が起立して着席し、さっそく平成24年(行ウ)第10号知事公舎妾化損害賠償請求事件の判決文を裁判長が読み上げました。直ぐに、原告住民側の請求が却下及び棄却されたことがわかりました。
この間僅か5分でした。外に出るとマスコミ陣から感想を求められましたが、「住民側の負け。ただし、判決文は午後2時にならないと地裁の方から入手できないと言われているので、午後3時の県庁の刀水クラブでの記者会見までに、判決内容を読んで、記者会見時に感想を述べます」と伝えました。
■午後2時に地裁3階の窓口で、次の判決文を受領し、さっそく内容を吟味しました。それでは、前橋地裁が下した画期的な判決を見てみましょう。
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平成25年2月27日判決言渡し・同日原本交付 裁判所書記官 継田美貴
平成24年(行ウ)第10号 公金不正支出損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成24年12月26日
判 決
前橋市文京町1丁目15番10号
原 告 鈴 木 庸
群馬県安中市野殿980番地
原 告 小 川 賢
前橋市大手町1丁目1番1号
被 告 群馬県知事 大 澤 正 明
同訴訟代理人弁護士 新 井 博
同 指 定 代 理 人 小 見 洋
同 木 村 功 一
同 鯉 登 基
同 杉 田 琢 己
同 田 村 高 宏
主 文
1 本件訴えのうち,被告に対し,大澤正明が群馬県に,別紙1の各契約(番号1ないし14,17ないし21及び23のもの。)を締結させたこと及び同契約に基づき群馬県が負担した債務について支出させたこと並びに別紙2の電気代(番号1ないし38のもの。),別紙3の水道代(番号1ないし19のもの。),別紙4のガス代(番号1ないし38のもの。),別紙5の電話代(番号1ないし38のもの。)及び別紙6のインターネット接続代(番号1ないし36のもの。)を支出させたことに関し,大澤正明に不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還を請求することを求める部分を却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
被告は,大澤正明に対し,1956万8940円及びこれに対する平成24年6月8日から支払済みに至るまで年5%の割合による金員を群馬県に支払うよう請求せよ。
2 被告
(1)本案前の答弁
本件訴えを却下する。
(2)本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,群馬県(以下「県」ということがある。)の住民である原告らが,県知事である大澤正明(以下,同人が,個人として損害賠償義務等の責任主体となる場合は「大澤」と,県の執行機関となる場合は「被告」という。)が,①違法に知事公舎(以下「本件公舎」という。)に知人女性を宿泊させ,これによって県が損害又は損失を被ったのに,被告は,大澤に対する損害賠償請求及び不当利得返還請求を怠っている,②本件公舎を交際相手と宿泊するための施設に改造する目的で,これを改修するための契約を県に締結させ,その費用を支出させるなどの違法な行為により県に損害を与えた,③本件公舎の光熱水費等を負担すべきであるのに,これをせず,県が支出した光熱水費等相当額を不当に利得したと主張して,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づく住民訴訟として,被告に対し,大澤に上記損害又は利得の合計額である1956万8940円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年6月8日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を請求するよう求めた事案である。
2 前提事実
(1)当事者等
ア 原告らは,群馬県の住民である。
イ 大澤は,群馬県知事であり,県が前橋市内に所有する本件公舎に平成19年12月から平成23年7月まで居住していた(以下,この期間を「本件入居期間」という。)。
(争いがない)
(2)本件公舎に関する工事等
ア 県の管財課長は,別紙1「工事・委託業務一覧表」の各欄に記載のとおり,各工事ないし委託業務に関する契約を締結した(以下,各番号の契約を「本件○○番の契約」といい,これらを併せて「本件各契約」という。)。
イ 県の会計管理者は,県が本件各契約により負担した債務についての支出(以下「本件各支出」という。)をした。
(争いがない)
(3)本件光熱水費等
本件公舎の本件入居期間における電気,水道,ガス,電話及びインターネット接続代(以下,これらを併せて「本件光熱水費等」という。)は,別紙1ないし6及び別紙7「経費(光熱水費等)支出額一覧(平成19年12月~平成23年7月)」の各欄に記載のとおりであった(乙29,32の2)。
(4)本件公舎提供行為
大澤は,平成23年7月8日から翌9日にかけて,本件公舎に知人女性を宿泊させた(以下「本件公舎提供行為」という。)。同月13日ころ以降,週刊誌等により,同知人女性は大澤の交際相手であり,大澤は,同知人女性を多数回にわたり本件公舎に宿泊させた等と報道された(甲1の2,3)。
大澤は,平成23年7月31目,本件公舎を退去した(争いがない)。
(5)住民監査請求
原告らは,平成24年2月23日,大澤について,違法又は不当な①本件公舎提供行為,②本仲冬契約ないし本件各支出及び③本件公舎の光熱水費等の支出が認められると主張し,群馬県監査委員に対し,必要な措置を講ずべきことを請求する住民監査請求を行った(甲1)。
群馬県監査委員は,平成24年5月1日,上記住民監査請求を棄却した(甲3,4)。
(6)群馬県行政組織規則(昭和32年規則第71号。以下「行政組織規則」という。)の定め(乙27の3)
13条(総務部各課,室及びセンターの分掌事務) 総務部各課,室及びセンターの分掌事務は,次のとおりとする。
管財課
三 公有財産の取得,管理及び処分(他課の主管に関するものを除く。)に関すること。
(7)群馬県公有財産事務取扱規則(以下「公有財産規則」という。)の定め(乙27の5)
7条(事務の分掌)
2 部長…は,その所掌する公有財産に関する事務を主管課…の課長に分掌させるものとする。ただし,第60条第3項第2号から第6号までに掲げる公有財産その他主管課の課長以外の課長に分掌させることが適当な公有財産に関する事務は,当該公有財産の用途に従い,それぞれの課長又は地域機関等の長に分掌させるものとする。
(8)群馬県公舎管理規則(昭和43年規則第52号。以下「公舎管理規則」という。)の定め(乙27の6)
1条(趣旨) この規則は,別に定めがあるもののほか,公舎の管理に関する事務について,必要な事項を定めるものとする。
2条(定義) この規則においてF公舎jとは,県が公務の円滑な運営を図るため,県に勤務する職員の居住に供する目的を持って設置した施設をいう。
8条(遵守事項) 使用者は,公舎を常に善良な監理者としての注意をもって使用するとともに,次の各号に掲げる行為をしてはならない。ただし,第1号及び第2号に掲げる行為で知事又は地域機関等の長の許可を受けたものは,この限りでない。(1号略)
二 職員と生計を一にする者以外の者(使用人を除く。)を同居させること。
三 転貸し,又は目的外に使用すること。
9条(費用負担)次の各号に掲げる費用は,使用者が負担するものとする。ただし,特別の事情があって知事が必要と認めた場合は県が負担する。
(1号略)
二 電気,ガス,水道等の料金
(3号略)
(9)群馬県財務規則(平成3年規則第18号。以下「財務規則」という。)(乙27の4)
4条(財務に関する専決) 知事の権限に属する事務の専決は,次の各号に掲げる事務の区分に従って,当該各号の定めるところによる。・‥
一 第6章に規定する契約に関する事務 別表第一の二
二 第64条の支出負担行為及び第68条の支出命令 別表第一の三
別表第一の二 支出の原因となる契約に関する意思の決定に係る事務に係る課長の専決区分 建設工事費(設計に係るものを除く。)及び土地の取得依頼に係るもの以外の委託料(以下「その他委託料」という。)のうち,新規のものは1000万円未満,継続のものは3000万円未満
別表第一の三 支出負担行為及び支出命令に係る課長の専決区分 その他委託料につき全額
(10)群馬県処務規程(昭和39年訓令甲第8号。以下「処務規程」という。)の定め(乙27の1)
4条(専決) 副知事,部長,副部長,局長,事務局長,主管課の長(以下「主管課長」という。),課長,会計管理者,会計局長,地域機関等の長及び出張所等の長は,この訓令で定めるもののほか,別に訓令で定めるところにより事務を専決することができる。
(11)群馬県事務専決規程(昭和43年訓令甲第11号。以下「専決規程」という。)の定め(乙27の2)
4条(共通専決事項)
1項 部長,主管課長,課長及び係長は,…その分掌事務に関し別表第二に掲げる事務について専決することができる。…
5条(個別専決事項)
1項 部長,会計局長及び課長は,別表第三に掲げる事務について専決することができる。
別表第二
課長専決事項
五十一 その他分掌する事務のうち軽易な事項…を決定すること。
別表第三
三 課長専決事項
総務部管財課 二(六)公舎管理規則9条ただし書により,使用者費用負担の例外を認めること。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,(1)本件公舎提供行為の違法性,(2)本件各契約及び本件各支出並びに県による本件光熱水費等の支出のうち平成23年2月23日より前になされたもの(別紙1の各契約のうち番号1ないし14,17ないし21及び23,別紙2の電気代のうち番号1ないし38, 別紙3の水道代のうち番号1ないし19,別紙4のガス代のうち番号1ないし38,別紙5の電話代のうち番号1ないし38,別紙6のインターネット接続代のうち1ないし36。以下,併せて「本件期間経過部分」という。別紙1ないし6の着色部分。)に関する原告らの住民監査請求が,法定の1年を経過した後にされたことについて,「正当な理由」(法242条2項ただし書)があるか,(3)本件各契約ないし本件各支出の違法性,(4)本件光熱水費等を県が支出したことの違法性である。
(1)争点(1)(本件公舎提供行為の違法性)
(原告らの主張)
本件公舎提供行為は「職員と生計を一にする者以外の者を同居させること」又は「目的外に使用すること」に該当し違法であり,また,大澤は法律上の原因なく宿泊料相当額の利益を得たものである。本件公舎の利用料は,同等の設備を有する民間宿泊施設を利用した場合と同程度である1泊14万円と考えるべきであり,県は,本件公舎提供行為によりこれと同額の損害又は損失を被った。よって,県は,大澤に対し,14万円の不法行為による損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有する。
(被告の 主張)
本件公舎提供行為が,大澤の県に対する不法行為又は不当利得に当たるとの原告らの主張は争う。
本件公舎提供行為は,群馬県公舎管理規則上禁止されている行為に該当しないし,知事である大澤が本件公舎に居住している限り,その目的に反するものとはいえず,県は大澤に対して損害賠償請求権等を有しない。
(2)争点(2)(「正当な理由」の有無)
(原告らの主張)
原告らは,平成23年7月に報道された財務会計行為の具体的な内容について調査するため,大澤に対する公開質問や,県に対する文書開示請求等を繰り返し行った。しかし,県は大澤と一体となって情報を隠匿し違法な財務会計行為があること隠ぺいし続けた。そのため,原告らは,相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった。その後,原告らは,平成24年1月4日,県から開示請求の対象となる文書が不存在である旨通知されたことにより,県が事実を隠ぺいしようとしていることを認識し,それから相当な期間内である同年2月23日に本件住民監査請求を行った。したがって,原告らには法定の期間経過後に住民監査請求を行ったことについて「正当な理由」がある。
(被告の主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
本件各契約に基づく工事ないし委託業務は,誰でも目にできる状態で実行されていた。また,本件各支出や,県による本件光熱水費の支出に関する情報は公開されており,群馬県情報公開条例に基づく請求があれば,誰でも知ることができた。よって,これらは,秘密裡にされたものではないし,住民が相当の注意力をもって調査すれば,当該各行為の直後から客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたものである。よって,原告らが法定の期間を徒過したことに「正当な理由」はない。
(3)争点(3)(本件各契約ないし本件各支出の違法性)
(原告らの主張)
本件各契約は,法令上要求される手続に反して締結されたものであり,違法である。
また,知事公舎は,知事の公務を遂行する目的及び知事の家族と居住する目的で使用されるべきであるところ,大澤は,本件公舎を交際相手と宿泊するための施設に改造する目的で本件各契約を県に締結させたものである。よって,本件各契約は,必要性・相当性に欠け,財務会計法規上違法であり,これに基づく本件各支出も違法である。
したがって,本件各契約及び本件各支出に関し,大澤には不法行為法上の過失があり,県に別紙1「工事・委託業務一覧表」の「契約金額(税込み円)」に記載の金額の損害を負わせた(ただし,本件10番の契約の代金は,本件11番の契約の代金に含まれるから,これを加算しない。)ものであるから,県は,大澤に対し,1903万2300円の損害賠償請求権を有する。
(被告の主張)
本件各契約は,県の管財課長が適法に専決したものであり,手続上の違法はない。
また,本件各契約の目的は,別紙1「工事・委託業務一覧表」の「施工理由(乙号証番号)」欄に記載のとおりであり,いずれも必要性・相当性があるというべきである。よって,管財課長には,本件各契約を締結したことについて,裁量の逸脱・濫用はなく,財務会計法規上適法であり,本件各契約に基づく本件各支出も適法である。
したがって,本件各契約及び本件各支出に関し,大澤に不法行為法上の過失はない。
(4)争点(4)(本件光熱水費等を県が支出したことの違法性)
(原告らの主張)
大澤は,本件公舎の使用者として,平成20年3月分から平成22年3月分までの本件光熱水費等を負担すべきであるのにこれを負担せず,その全額を県に支出させた。仮に,大澤が毎月1万6700円を負担していたとしても,大澤が本来負担すべき金額はこれを超えていたはずである。
よって,本件光熱水費等を県が支出したことは財務会計法規上違法であり,県が違法に支出した額は,1か月当たり1万2000円を下らず,同額について大澤は法律上の原因なく利得し,県は損失を被った。したがって,県は,大澤に対し,19万2000円(1か月当たり1万2000円×平成20年12月分から平成22年3月分までの16か月分)の不当利得返還請求権を有する。
(被告の主張)
群馬県においては,法令上,公舎の光熱水費等の経費について,その一部を使用者が負担して残部を県が負担する制度(一部負担制度)を採用することが認められている。
県の管財課長は,本件公舎について同制度を採用することを適法に専決し,使用者の負担額の上限につき,総務省等の資料を基に,平成9年から光熱水費を毎月1万3000円,平成17年から電話使用料を毎月3700円とし,現在も同基準に従って運用している。そして,大澤は,本件入居期間,県に対し,上記光熱水費及び電話使用料の自己負担分として毎月1万6700円を支払っていた。
よって,大澤に不当利得はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件公舎提供行為の違法性)について
(1)原告らは,本件公舎提供行為が公舎管理規則8条2号の「他人を同居させ」又は同条3号の「目的外に使用」したことに当たり,違法又は法律上の原因がない旨主張する。
しかし,前提事実(4)のとおり,大澤は,本件公舎提供行為において,知人女性を本件公舎に1泊させたに過ぎず,同女性を本件公舎に「同居」すなわち一定期間居住させたとはいえない(なお,本件公舎提供行為を報道した週刊誌(甲1の2)は,大澤が同女性を本件公舎に宿泊させたのは,昨年(平成22年)が30回,今年(平成23年)が13回に及ぶとしているが,仮にそうだとしても,これをもって,大澤が知人女性を同居させたとまで評価することはできない。)。
(2)次に,公舎は,「県が公務の円滑な運営を図るため,県に勤務する職員の居住に供する目的」で設置されるものであるところ(公舎管理規則2条),公舎が職員の居住の用に供される以上,当該職員が知人や友人を公舎に招いて接遇することは当然に想定されているものというべきである。したがって,知人を宿泊させたことをもって,直ちに公舎を目的外に使用したとはいえない。本件公舎提供行為が,婚姻外の交際相手を宿泊させたという点において道義的に不適切であったとの批判は免れないとしても,本件公舎提供行為が存在したことのみをもって大澤による公舎の使用が目的外で違法であるということはできない。
(3)以上のとおり,本件公舎提供行為が,県に対する不法行為ないし不当利得に当たるとは認められない。
2 争点(2)(「正当な理由」の有無)について
(1)別紙1ないし6に記載のとおり,本件期間経過部分については,各財務会計行為である本件各契約の締結ないし本件各支出がされてから1年を経過した後の平成24年2月23日に住民監査請求がされたものである(本件各契約の締結日は明らかでないが,いずれも本件各支出前(別紙1の契約期間の少し前ころ)に締結されたものと祖語される。)。したがって,本件訴えのうち,本件期間経過部分に関する部分については,法242条2項ただし書の「正当な理由」がない限り,適法な住民監査請求の前置がないことになる。
(2)法242条2項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,財務会計上の行為について,これが秘密裡にされたか,又は住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができない場合に,その後,住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁昭和63年4月22日判決・裁判業民事154号57頁,同平成14年9月12日判決・民業56巻7号1481頁参照)。
(3)そこで,以下,本件各契約,本件各支出及び本件光熱水費等の支出の順に,これらの点について検討する。
ア 本件各契約について
本件各契約に基づく工事ないし委託業務の内容は,本件公舎のフェンスの工事やブロック塀の補強などであり,工事前後の写真(乙1の6,2の4,3の5,6の3,7の3,11の3,14の2,17の3,18の3,20の3,22の1,23の3,24の4,25)及び弁論の全趣旨からすれば,本件公舎の敷地外からでも工事がされていることを了知し得たものと推認され,本件各契約が秘密裡にされたとは認められず,また,県の住民が,本件冬契約に基づく工事ないし委託業務が実施された後,相当の注意力をもって調査を尽くしても監査請求をするに足りる程度に本件各契約の存在又は内容を知ることができなかったとは認められない。
イ 本件各支出について
別紙1「工事・委託業務一覧表」の15番,16番,22番及び24番以外の契約に基づく支出について住民が相当の注意力をもって調査を尽くした場合に,客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができた時期及び原告らが同時期から相当な期間内に監査請求をしたかどうかについて検討する。
(ア)証拠(甲1の2,甲5ないし15)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 前提事実(2)のとおり,平成23年7月13日に発売された週刊誌は,同月8日に大澤がその知人女性を本件公舎に宿泊させた旨報じたものである。同記事には,要旨,「知事のために県庁近くに公舎が必要になり,従来の知事公舎は取壊し済みであったので,1400万円以上の改修費を費やして副知事公舎を本件公舎に改修したものであるが,この改修は,知事の知人女性を周囲の日から遮るためのものではないかという疑惑がある。」との記載がある。
b 原告らは,上記報道を契機に本件公舎の改修及びそのための支出がされたこと等を知り,同月20日,被告に対し,「本件公舎の利用に関する一切の情報」を開示の対象とする公文書開示請求をし,同年10月21日,本件光熱水費等に関する文書などが開示されたが,本件各契約や本件各支出に関する文書はこれに含まれていなかった(公文書開示請求から開示までの期間は,3か月と1日間である。)。
c このため,原告らは,同年12月19日,大澤に対し,「本件公舎に関して秘書課が管財課との間で提出或は受領した一切の書類」及び「群馬県知事公用車の運行に関する一切の情報」の開示を請求し,前者については平成24年1月4日に公文書不存在決定がされ,後者については同月20日に廃棄前の部分が開示され,これにより,本件各契約や本件各支出に関する文書も開示された(公文書開示請求から開示までの期間は1か月と1日間である。)。
(イ)前提事実及び上記(ア)で認定した事実によれば,県の住民は,平成23年7月13日の報道で,本件公舎の改修がされ,そのために1400万円以上の改修費が支出されていることを知ることができたものである。そして,原告らが同日ころに本件公舎の改修ないし改修費に関する公文書開示請求を行っていれば,遅くとも当初の公文書開示請求((ア)b)から開示までの期間(3か月と1日)経過後の同年10月14日ころには,これらに関する公文書の開示を受け,客観的に見て監査請求をするに足りる程度に本件各支出の存在又は内容を知ることができたものと推認することができる。
そして,前提事実(5)のとおり,原告らが住民監査請求を行ったのは平成24年2月23日であって,上記本件各支出を知り得た日である平成23年10月14日ころから4か月以上経過していることからすれば,相当な期間内に監査請求がなされたものということはできない。
(ウ)以上のとおり,本件期間経過部分に関する住民監査請求については,住民が相当の注意力を持って調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求がなされたということはできないから,「正当な理由」があるということはできない。
原告らは,県が文書開示期限を故意に引き延ばしたこと等から,監査請求をするに足りる証拠資料の収集ができなかったので,「正当な理由」があると主張するが,本件全証拠によってもそのような事実は認められない。なお,原告らが平成23年7月13日にした公文書開示請求は,「本件公舎の利用に関する一切の情報」を対象とするものであったから,本件各契約や本件各支出に関する公文書が開示されなかったのは当然というべきである。
したがって,原告らの主張は採用することができない。
ウ さらに,本件光熱水費等の支出のうち,平成23年2月23日より前にされたものについては,上記イ(ア)bのとおり,平成23年10月21日に「本件公舎の利用に間する一切の情報」として開示がされたものと認められる。よって,同日より4か月以上経過後にされた原告らの住民監査請求は,相当な期間内にされたものということはできないから,「正当な理由」があるということはできない。
(4)以上によれば,本件期間経過部分に関する部分については,法242条2項ただし書の「正当な理由」がないことになる。したがって,本件訴えのうち,本件期間経過部分に関する部分(別紙1ないし6の着色部分)については,適法な住民監査請求の前置がないから,不適法として却下すべきである。
3 争点(3)(本件各契約及び本件各支出の違法性)について
(1)上記1で述べたとおり,本件訴えのうち,本件15番,16番,22番及び24番以外の契約及びこれに基づく支出に関する部分については不適法であり却下すべきであるから,以下では,本件15番,16番,22番及び24番の契約に基づく支出についてのみ検討する。
(2)被告の権限について
普通地方公共団体の長は,財産の取得,管理及び処分を担任するが(法149条6号),支出の原因となるべき契約その他の行為(支出負担行為)は,法令又は予算の定めるところに従いしなければならない(法232条の3)。そして,普通地方公共団体の支出は,その長が,会計管理者に対し,政令で定めるところにより命令することによってされる(法232条の4)ところ,普通地方公共団体の長は,当該支出負担行為が不適法である場合には,これに基づく支出命令を発するべきではない旨の注意義務を負うというべきである。
したがって,普通地方公共団体がする支出に関し,これを命じた首長に不法行為法上の過失があるかについては,当該支出のみならず,その原因となるべき支出負担行為の適法性も検討されなければならない。
(3)本件公舎の管理等に関する専決権者
本件公舎に関する事務は総務部管財課以外の課の主管に関するものであるとは認められず,公有財産である本件公舎の管理等に関する事務は,総務部管財課長(以下「管財課長」という。)の分掌事務であると認められる(公有財産規則7条2項,行政組織規則13条(管財課)3号)。そして,うち軽易な事項,具体的には,その他委託料として1000万円未満(新規分)又は3000万円未満(継続分)の支出の原因となる契約に関する意思の決定に係る事務並びにこれらに係る支出負担行為及び支出命令については,管財課長が専決権限を有している(財務規則,専決規程)。
(4)本件15番,16番,22番及び24番の契約について
そこで,本件15番,16番,22番及び24番の契約が,管財課長の専決権限の範囲内において適法にされたものであるか検討する。
ア 本件15番及び16番の契約
(ア)証拠(乙15,16の1ないし4)によれば,別紙1「工事・委託業務一覧表」のとおり,本件15番の契約は,県が,群馬緑化株式会社に対し,本件公舎の庭園内の樹木,芝の維持管理業務を委託したものであって,平成20年度から継続してされている(本件15番の契約が平成22年度,本件16番の契約が平成23年度のものである。)ものであり,その委託料は,本件15番の契約が42万円,本件16番の契約が39万9000円であること,管財課長は,本件15番の契約については平成22年4月1目に,本件16番の契約については平成23年4月1日に,それぞれ契約を締結することについて決裁(専決)したことが認められる。
(イ)庭園の樹木及び芝を放置すれば,これらが荒廃して美観等の価値を損なうことは容易に想定しうる。よって,本件公舎の所有者である県が,樹木及び芝の維持管理等のための業務委託を行うことが財務会計法規に照らして違法であるということはできない。
(ウ)そうすると,本件15番及び16番の契約については,管財課長がその専決権限の範囲内で行ったものであり,また,これらによって県が負担した債務について管財課長が支出命令を行ったことも,専決権限の範囲内であるから,いずれも適法である。
したがって,本件15番及び16番の契約の締結ないし支出は,いずれも適法にされたものであり,これらについて,大澤に不法行為法上の過失があるということはできない。
イ 本件22番及び24番の契約
(ア)証拠(乙22の1ないし3,24の1ないし3)によれば,別紙1「工事・委託業務一覧表」のとおり,本件22番の契約は,県が,群馬緑化株式会社に対し,本件公舎の庭園内のスモモにカイガラムシ等の病害虫が発生したため,その病害枝の伐採業務を新規に委託したものであり,その委託料は,2万4150円であり,本件24番の契約は,県が,群馬緑化株式会社に対し,本件公舎の庭園にアブラムシ等の病害虫が発生したため,その駆除及び植樹のせん定業務を新規に委託したものであり,その委託料は,8万0850円であること,管財課長は,平成23年6月3日,本件22番及び24番の契約を締結することについてそれぞれ決裁(専決)したことが認められる。
(イ)庭園内の病害虫や,それに感染したスモモの病害植を放置すれば,これが他の植樹に伝染等し,枯死するなどして価値を損なうことは容易に想定しうる。よって,本件公舎の所有者である県が,樹木及び芝の維持管理等のための業務委託を行うことが財務会計法規に照らして違法であるということはできない。
(ウ)そうすると,本件22番及び24番の契約については,管財課長がその専決権限の範囲内で行ったものであり,また,これらによって県が負担した債務について管財課長が支出命令を行ったことも,専決権限の範囲内であるから,いずれも適法である。
したがって,本件22番及び24番の契約の締結ないし支出に関し,大澤に不法行為法上の過失があるということはできない。
(5)以上のとおり,本件15番,16番,22番及び24番の契約の締結及びその支出命令は,いずれも管財課長がその専決権限の範囲内において適法にされたものであるというべきであるから,これらについて,大澤に不法行為法上の過失があるということはできない。
したがって,この点に関する原告らの請求は理由がないので棄却すべきである。
4 争点(4)(本件光熱水費等を県が支出したことの違法性)について
(1)上記1で述べたとおり,本件訴えのうち,本件光熱水費等の支出のうち,本件期間経過部分に間する部分は不適法であるから,以下では,同日以降の支出(以下「本件2月23日以降の支出」という。)について検討する。
(2)ア 公舎の電気,ガス,水道等の料金について,特別の事情があって知事が必要と認めた場合には,使用者負担の例外として,県がこれを負担することとされており(公舎管理規則9条ただし書。以下「一部負担制度」という。),この使用者負担の例外を認めることについては総務部管財課長が専決権限を有する(処務規程,専決規程)。
イ 証拠(乙29,30の1,30の2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)群馬県では,昭和44年から水道光熱水費について,昭和46年から電話使用料について,平成17年からインターネット接続代について,一部負担制度をそれぞれ採用し,度々,公舎使用者の負担額を改定していた。
(イ)総理府統計局(当時)「家計調査報告」の「前橋市勤労者1世帯当たり1か月間の光熱水費調」によると,昭和56年2月から昭和57年1月までの光熱水費の月平均額が1万2431円であったことなどから,本件公舎の水道光熱費のうち,自己負担額の上限は,昭和57年4月1日,本件公舎の使用者の負担額の上限を1万2400円と決定されたが,平成元年の消費税法の導入及び平成9年の税率の引上げにより,平成9年5月1日以降,1万3000円と定められた。
(ウ)平成16年度総務省統計局「家計消費状況調査」の関東地区・平均全世帯平均の固定電話使用料が3735円であったことから,平成17年11月1日以降,本件公舎の電話使用料のうち,自己負担額の上限は,3700円と決定され,この金額は,その後変更されていない。
(エ)管財課長は,平成22年4月1日,本件公舎の個人加入のインターネット接続代等の全額については自己負担とし,これ以外の分については県費負担とする旨の決裁(専決)をした。
(オ)大澤は,上記(イ)ないし(エ)で定められた負担額に従い,別紙7「経費(光熱水費等)支出額一覧(平成19年12月~平成23年7月)」の「自己負担額」欄に記載の額を負担し,県は,同別紙の「県負担額」欄に記載の額を負担し,これを支出した。
ウ 電気,ガス,水道等の料金は,当該公舎の使用によって利益を受ける当該公舎の使用者が負担するのが原則であるが,当該公舎が公務にも使用される場合には,その費用の一部を県が負担することには合理的な理由があり,一部負担制度がもうけられた趣旨はこのような理由に基づくものと解される。そして,公舎の使用者と県の間での具体的な負担割合については,処務規定等には具体的な規定がないから,管財課長が使用者費用負担の原則に反しない限度で合理的に決定する権限を有するものと解される。
これを本件についてみると,上記イ(イ),(ウ)のとおり,知事が負担すべき水道光熱費及び固定電話使用料は,総理府総務省統牡局が作成した統計資料上の世帯平均の水道光熱費及び固定電話使用料とほぼ同一額となるように定められており,世帯平均の水道光熱費及び固定電話使用料は,知事が本件公舎を使用することにより受ける利益の基準となるべきものと考えられるから,これを基準として知事の負担額の上限を定め,その余を県の負担と定めることには合理的な理由がある。
そして,平成22年まで,世帯平均の水道光熱費及び固定電話使用料が著しく変動したり,管財課長が本件各支出がされた年度における一部負担の決定をするに当たって統計資料等を参照しなかった等の事情は認められない。そうすると,管財課長が,上記イ(イ),(ウ)によって定められたところに従って負担額の決定をしたことは,使用者が居住することによって受ける利益と県が公務によって受ける利益を考慮されずにされたものであるとはいえない。
よって,管財課長による負担額の決定について,裁量の逸脱又は濫用があったとはいえず,適法であるというべきである。
そして,上記圀のとおり,大澤は,本件入居期間における本件光熱水費等のうち,毎月,光熱水費を1万3000円,電話使用料を3700円支払っていたものであり,その余を県が負担していたのであるから(なお,大澤個人加入のインターネット接続代が発生したことを認めるに足りる証拠はない。),本件2月23日以降の支出は,管財課長による負担額の決定に従ったものであり,適法というべきである。
(5)以上のとおり,本件2月23日以降の支出は,いずれも管財課長がその専決権限の範囲内において適法に行ったものであるというべきであるから,これらについて,大澤に不当利得があるということはできない。
したがって,この点に関する原告らの請求は理由がないので棄却すべきである。
5 結論
以上によれば,本件訴えのうち,本件各契約及び本仲冬支出並びに本件光熱水費等の支出のうち,本件期間経過部分は適法な住民監査請求の前置がないから不適法であって却下すべきであり,その余の部分については大澤に不法行為法上の過失ないし不当利得はなく,いずれも理由がないから棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 大 野 和 明
裁判官 佐 伯 良 子
裁判官 毛 受 裕 介
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■こうして、全国の都道府県に先駆けて、群馬県の行政トップの大澤正明・県知事が、20年来交際している愛人を、あろうことか群馬県民の血税で整備され、運営されている公舎に頻繁に連れ込んで宿泊させていた件は、公舎管理規則において禁じている「職員と生計を一にする者以外の者(使用人を除く)を同居させること」に抵触しないという画期的な判断が出されたのです。
つまり、愛人を公舎に何度も引き入れても、常に善良な管理者として使用していると判断され、公舎管理規則に違反することはありません。とくに単身赴任で公舎を利用している職員にとっては、異性の友達や愛人、さらにはホステスやホストを公舎に連れ込んで宿泊させても、違法ではないため、わざわざシティホテルやラブホテルを使う必要はもうないのです。
このように、裁判所が公舎管理規則をきちんと判断して、判決として出したことで、役所の職員にとっては、非常に福音となる裁判結果となりました。
取り急ぎ、前橋地裁の画期的な判決について、皆様にご報告しました。公務員は血税で公社をラブホテル化して、そこに生計を一にする家族ではない別の人物(愛人を含む)を宿泊させても、とくに問題は無い、という、非常に大胆な判断をしたことになります。
■なお、市民オンブズマン群馬では、「こんな画期的な判決が出たのだから、もう争う必要はないだろう」とか、「やはり、このままでは全国の笑い物になるので、徹底的に違法不当行為を是正する意味でも、控訴すべきだ」などという意見がでています。慎重に判断の上、控訴も視野に入れた対応をとろうとしています。
【市民オンブズマン群馬からの連絡】