中国人民解放軍による4日の実弾射撃訓練=新華社提供、AP
中国軍の弾道ミサイルが4日に日本の排他的経済水域(EEZ)に初めて落下し、国交正常化から50周年を迎える日中関係は大きな岐路に立たされた。ペロシ米下院議長の台湾訪問を機に米国に傾斜する日本や台湾に、武力による威嚇を始めた中国。台湾周辺の緊張は偶発的な衝突に発展する恐れもはらんでいる。(中国総局・新貝憲弘、山口哲人、石井宏樹)
◆不満強める中国「日米同盟で軍事大国に」
中国の弾道ミサイルは5発が日本のEEZ内に落下した。ペロシ米下院議長が台湾を訪問したことへの対抗措置で、一部は台湾上空を通過したとみられる。
中国は、米国に同調する日本に不満を強めており、特に台湾情勢を軍事的な強化や改憲の推進に利用しているとして警戒。強い反発の背景には「大国意識」もあり、9月の日中国交正常化50周年を前に友好ムードは消えつつある。
「日米同盟関係を頼りに政治軍事大国になろうとしている」。4日付の中国共産党機関紙の人民日報(海外版)は、日本政府が先月公表した「防衛白書」をテーマに専門家の座談会を掲載。日本がウクライナ情勢を利用して台湾周辺の危機を強調するなど「中国脅威論をでっち上げている」と批判した。
◆改憲論議に警戒、「義和団事件」で神経逆なで
中国は改憲論議を「平和発展の道を否定する危険な信号」(環球時報)とみなしており、7月の参院選で改憲勢力が3分の2を超えたことで警戒感を強めていた。中国軍の弾道ミサイル5発が日本のEEZ内に落下したことも、日中間のEEZの未設定区域で問題ないとの認識を示し、「日本は台湾問題で歴史的な罪と責任を負っており、あれこれいう資格はない」(中国外務省の華春瑩報道局長)と反発した。
中国批判を盛り込んだ先進7カ国(G7)外相の共同声明に、日本が同調したことも中国の神経を逆なでした。中国はこの声明が1900年に日米欧8カ国が北京を占領した「義和団事件」を連想させ「今日の中国は100年前に侮辱され、搾取された旧中国ではない」(同)と激怒し、日中外相会談を直前でキャンセルする引き金となった。
日米と中国の対立が激化するなか、台湾の蔡英文総統は4日夜の談話で、軍事面など必要な対応措置を取りつつ「焦らず冷静に、挑発せず理性的に、でも決して尻込みしない」と主張した。中国に対して圧力に屈しない姿勢を示すとともに、状況のさらなる悪化を避ける狙いとみられる。
◆岸田首相、ペロシ氏と連携確認
会談前にペロシ米下院議長㊧と握手をする岸田首相=5日午前、首相公邸で(代表撮影)
日本のEEZ内に中国の弾道ミサイルが落下したことを受け、日本政府は「非常に威圧的な行動だ」(岸信夫防衛相)と強く非難した。米国と連携して対応する方針だが、偶発的な衝突などで自衛隊が出動する事態に発展する懸念も強めている。
岸田文雄首相は5日、来日したペロシ米下院議長と会談し、台湾海峡の平和と安定の維持に向けた日米の緊密な連携を確認した。
会談後にペロシ氏は東京都港区の米国大使館で記者会見し、「中国の軍事演習は、私たちの台湾訪問を言い訳にしている」と批判。「米議会は超党派で台湾を支援しており、中国が台湾を孤立させることを許さない」と、引き続き台湾支援の姿勢を明確にした。
◆自衛隊出動の可能性も否定せず
だが、ペロシ氏の台湾訪問は日中関係にも影響を及ぼし始めている。4日にはプノンペンで予定されていた林芳正外相と王毅国務委員兼外相の会談が直前になって中止。松野博一官房長官は記者会見で「情勢が緊迫しているこのような時こそ、しっかりと意思疎通することが重要だ」と中国側との対話の必要性を強調した。
一方で中国の弾道ミサイルが初めて日本のEEZに落下したことに危機感を強めている。岸氏はミサイル落下に関し「わが国に非常に近い海域に落下している。わが国の安全保障に大きな影響を与える」と軍事的な脅威に言及。自衛隊の出動や米軍支援につながる可能性も否定しなかった。
ミサイルが落下したのは台湾の東側で、日本の南西諸島との中間点。日本の介入をけん制する「脅し」とも見える。これに対し、岸氏は自衛隊が出動する具体例として、安全保障関連法に基づき米軍を後方支援する「重要影響事態」、米軍が攻撃された場合に集団的自衛権を発動し、反撃する「存立危機事態」などを列挙し、危機感を隠さなかった。