立川競輪 見物その2

2010-10-07 21:35:07 | タナカ君的日常
 今朝は6時半の出発で陣場山の西側の登山口、和田峠まで妻とその友人のアッシー君を努めて来ました。 そのまま家に戻るつもりで出かけたけれど、ついでのことに勝沼まで足を伸ばしてブドウを食べたり、大菩薩嶺から南に延びる尾根上の湯の沢峠まで車で入り込んで、その途中ではキノコの様子を探ったりしたので、本当は書く事が一杯有るんだけれど、 昨日「明日に続く」なんて終わらせた競輪場見物の続きを書きます。

 上に掲げた写真は立川競輪場のホーム側指定席の風景です。 なんだか満席に近い人々の様な雰囲気に見えるかもしれませんが、大勢に見えるアングルで撮影したものです、実際はガラガラでした。 特に、バックストレッチ側の指定席なんか「5%以下の入り」だった様に見受けられました。  レース毎に間合いの時間が有り、僕のような見物人は別にして、大半の客は車券を購入するには、投票窓口(正式にはこう呼ぶらしい)で購入するのだが、 その窓口の混雑も大したことありません。 これじゃー主催者も利益をあげるのに苦労していることでしょう。 レースの合間の時間には手洗いやレストランを見物しました。 入り口に掲示されていレストランのメニューの写真も載せて置きます。 街中の安めの食堂といった雰囲気の料理と値段です。 あちこちに設置されている、飲料の自動販売機も50円玉一つでOKでした。


 競輪場全体の雰囲気を言うと「熱気に包まれて・・・ いません」 静かーな感じです、 予想外でした。 指定席の最前列に座っているのに、スタートの号砲の音も、残り一周を告げる鐘(ジャンの鐘と言ったかな?)の音も小さく聞こえるだけです。 客席と競技場を仕切る分厚い窓ガラスで音が遮られてしまうのでしょうか? 観客席の人々からも熱狂した声は出てきません、 「何をモタモタしているんだ、あいつは」みたいなボヤキ言葉は聞こえましたが、静かです。 テーブルに置いた競輪新聞を淡々と眺め、結果などを時折書き付けたりはしていますが、興奮も楽しそうな声も聞こえてこない。 僕が場内にいた時間は前座試合のようなレースだったからなのだろうか、盛り上がりの無いレースが淡々と進行していました。

僕にとって選手が走るレースの結果よりも 自衛消防隊の訓練を思わせるそのレースを進行させる係の人々の所作が興味を引きました。 それぞれの役割と人数ですが、先導車固定具操作者 1名、 向こう正面からの選手登場先導担当 1名、  選手の車を固定する9連装の固定具操作者 2名、 スタータ 1名、 周回数表示板めくり担当 1名、 鐘鳴らし担当 1名、 コーナー監視員4箇所 x 各2名。 こんな役割の人達が毎レースごとに登場して所定の仕草で役割を果たして、選手が5周してレースが終わるごとに競技場から退場して行く。 コーナー監視員はゴール付近の駐輪場に置いたママチャリに乗って、それぞれのコーナーに走って行き、水泳プールの監視員が座る腰掛けより高い監視用の塔に登って見張ります。 そして一つのレースが終わるごとに塔から降りて、自転車に乗ってゴール付近の駐輪場にママチャリを置いて揃って退場して行くのです。 すると清掃作業員が向こう正面から4・5名登場して走路の点検清掃などをやっていましたっけ。

 入場した人々は競輪開催日に立川駅に向かってゾロゾロ歩く草臥れた感じの中高年の列を見た人は、僕のブログの読者の中にも大勢居るとおもいますが、あの姿のまんまです。 若者や金を持っていそうな雰囲気を身につけた人も居ましたけれど、圧倒的少数派でした。 5000円の指定席、あるいは電話で投票する人達はまた違った雰囲気を持っているのかな? どうなんだろ?

 ところで、3年ほど前の事、秋田県大曲の花火大会見物に出かけた時の事です。 宿の予約なんかまったく無しで、ツェルト背負って夜行バスに乗り、花火大会当日の朝に大曲駅に到着しましたが、当然駅の近くの宿に泊まれる筈もありません。 ツェルトを張れる場所を探すために、貸し自転車を借りました。 その自転車をかしてくれたお店は某有名競輪選手の実家だったようです(それは後で知りました)。 そして紆余曲折の話は端折りますが、花火大会の当日に宿の払底している大曲で、 そのお宅に無料で泊めていただく事になってしまいました。 後で知りましたが、年末の「S級グランプリ」だったか、とんでもない賞金額の競輪レースが立川で行われ、競輪選手だったその家の息子さんは見事にその賞金を獲得されたらしい。 紆余曲折の話しの中で、僕が漏らした「東京の立川から来ました」の一言が泊めていただける、魔法の呪文になったらしいです。 
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