昨日ブログに載せた、丼兵衛さんは清水駅から徒歩5分?海側(南側)にある河岸の市さんのまぐろ館の2階にありますが、この河岸の市さんは、今エスパルスサポーターが期待している新スタジアム候補地のすぐ横に位置しています。河岸の市さんから出れば直ぐに電車も見えますし、裏は海。駅方面からの河岸の市さんの姿と裏から見る候補地石油席タンク群。ここに決まれば本当に近くて嬉しいのですが。
9月10日のブログに書いた通り、伯父が亡くなりました。
お袋のお兄様で、満94才だったようです。
若い頃から心臓の持病があり、見掛けはお元気そうでも、
出掛ける時はいつも付き添いが必要だった伯父様。
それでも、お袋が78才で亡くなったことを思えば、
御長命を羨ましく思っています。
お袋の実家は元々、東京都中央区月島。
今や、月島と言えばもんじゃ焼きの街。
でも、昔はどちらかと言えば下町の工場街でした。
伯父様は月島で家業のネジ工場を継ぎましたが、
その後、神奈川県の大和市移転し、
2000年代になっても暫くは仕事を続けていらっしゃいました。
昔気質の職人気質?
詳しくは私も解りませんが、
大企業には真似の出来ないフレキシブルで正確性の高い仕事ぶりで、
小さいながらも、堅実な経営をされていらっしゃったと聞いています。
さすがに最近は仕事も辞め、
ご夫婦で施設に入って悠々自適の生活だったようですが、
つい最近、転んで骨折。
手術も無事済んだところで容態が急変。
帰らぬ人となってしまいました。
私の印象は職人らしからぬジェントルマンの伯父。
私は静岡で伯父は神奈川。
特に、お袋が亡くなってからは、
誰かの葬儀とか、法事でないと会うことはなく、
絵に書いたようなご無礼のオンパレードの私。
不肖の息子ならぬ不肖の甥っ子です。
お袋からルーツ等をしっかり聞いていないので、
多分、元々の先祖は千葉なのかな?
そう言う普通の方なら知っているであろう、
親戚のお話とかを、全く知らない私。
本当に恥知らず、情け知らずです。
今朝、朝1番のこだまで新横浜まで行き、
その後、相鉄線で大和で時間を潰した後、
タクシーで斎場まで移動と言うスケジュールでした。
ところで、朝の5時台に原付で北街道を通ると、
夜中ならともかく、朝の明るい中で、
ガラガラの北街道は初めてだったかもしれません。
その後、新幹線も平日の朝のこだまなので、
一言で言えばガラガラでしたが、
二人掛けの窓際の席に座っていましたが、新横浜まで隣は空席。
ストレスフリーなのが本当に最高でした。
葬式も無事終了し、次は四十九日の法要が待っています。
こんな感じで、
本日は静岡から神奈川までのプチ旅行を兼ねた葬式の旅でした。
伯父様の御冥福をお祈りしてこのブログをまとめたいと思います。