楽しい日々

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昭和40年代の記憶

2018-10-03 19:58:22 | むかしばなし

最近年を取ったせいか 急に子供のころの記憶がよみがえてきます。

停電したことで 蝋燭で不安な台風の夜をすごした日の事とか 家のミシッという音や 雨戸のがたがた揺れる音も よみがえります。

小学一年生のころは 給食がなく冷蔵庫も氷を入れて空冷するものが 魚屋さんにあるくらいで

三種の神機といった 冷蔵庫 洗濯機 電子レンジが はじめて家にやってきた日を 年齢が高学年になるにつれ 順に味わった一人です。

ですから 停電で困った記憶はあまりないんです。

いまでは 電気がないと 不安です。

情報があってあたりまえなので ラジオの番組にがっかりしたり スマホの電池ぎれに びくびくしたり 停電は突然はじまりますから 台風とわかれば パソコンの電源を切り忘れないようにしたいものです。

そうはいっても電気 ガス 水道がない時代から世のなかを過ごしてきているので いろんな対応を発想できるのかもしれません。

プロパンなので我が家は煮炊きは停電だけならできます。でも 災害用に 天板で煮炊きできる対流式の灯油のストーブと すこしの灯油の残りを夏ももっています。

炭を玄関デッキの下に まいて備えています。台所は 一月に一回は水を20リットルつめかえて

飲み水用ペットボトルも3リットル週一でつめかえ お茶は朝夕わかして 地震でなければ飲めるよう用意しています。 少しのこころがけならと ブルーシートも 屋根分は備蓄があります。

役立つかわかりませんが 習慣にしています。

 それはさておき 記憶の糸は いろんな場面で引き出されます。

当時 銭湯という お風呂屋さんが 町々にありました。

裸で誰もが 小銭を払って 夕方から 入ることができたものです。

自分の家は 小さなお風呂がありましたが 台風の後とか お祭りの日 農作業が忙しい日は 銭湯にいったものです。今では 大都市では スーパー銭湯になっていますが 田舎では 介護施設の一部となりつつあります。

衛生面が気になり そうやすやすと銭湯は大変な職業で いまでは成り立ちませんが 

災害時には ご近所の銭湯が めぐみになっていたと 記憶しています。

拠点ごとに いざという時 いち早く 使える銭湯があっても 助かるかもしれません。

 

 

 


停電

2018-10-03 00:34:51 | あったらいいな

このところ 長い停電を 二度ほど経験しました。

ご近所をうかがって 地域で起きた停電と判断していました。

オール電化だと 困ると カセットコンロの備蓄をNHKでも紹介していましたが

災害をさらに大きくしかねないと 自分は感じちゃっています。

オール電化は 災害時も安全なのではないのですか。

災害時の停電には理由があるんで 火を使いたいからと カセットコンロは 向かない気がします。まだまだ 工夫が必要なのでしょう。

とにかく 停電で困るのは 信号機です。

この度の台風で 各地停電でお困りの様でした。

切れた電線の個所が半端なく多いのでしょうが 信号機は 独自の発電システムで 小規模の電源装置にし 修理はご近所の電気屋さんにしてはいかがでしょう。

めったにない台風といっても 雷でも信号機が働かなくなるわけで 災害時は シンプルで小規模で アナログなことが 意外と役立つことが多いものです。

 

稲沢の自治体で 地震災害時 無事な家庭は黄色い旗を玄関に飾ることにしていました。

黄色の旗を見れば 車も止まるかもしれません。

黄色い旗を交差点で見たら 災害時は 車は止まることにして 交差点ごとに 常備してはいかがでしょうかね。

お巡りさんも そうは交通整理に入れないものね。