政治家は能書きをたれてばかり。
しかし,佐川元長官しかり自殺した職員しかり,公務員には少なからず「良心」が残っていたようだ。
だが,もちろんこれで終わりではない。
始まりなのだ。
僕が覚えている疑獄は,ロッキード事件,リクルート未公開株事件,NTT未公開株事件など。
どれもこれも,国益を損なうものであり,血税と自らの地位を悪用したものである。
これらに比べれば,談合など些細なこと。
談合は「話し合い」である。価格と業者の協議である。
なんでもかんでも見積もり・入札にすると,どんどん疲弊していく業界。これは,否応なしに叩きつけられた実体験でもある。
それに比べれば談合など何も問題ない。
所詮お金で済む問題か・そうでないか,そこが僕にとって「疑獄かどうか」の基準がある。
あとは,遺書に何が書かれているか,その内容公開も時間の問題だろう。
消える魔球の秘密の80%を事前にあてた花形満。
僕はこのシーンをふと思い出したのだ。
追求する,という場面ゆえに。