コバルトマス。1979年,実に40年前の作品。
『釣りキチ三平』より奥深い釣りマンガに出会ったことはない。
だから,少年時代から買い続けた単行本をこうしてしっかり持っている。
古くなってかび臭くなったり,ノリが剥がれてくるのがかえっていい。
電子書籍を否定しないが,この物欲充足感と「いつでもどこでも読める」のは紙媒体の素晴らしさだ。
さて,久々のカテゴリー更新。一平じいちゃんの言葉に釣りの本質が如実に現れている。
釣り競争に5分も6分もありはしない。
釣りは自然が相手。意気込んだところでしょうがない。
僕自身「釣り好きの下手くそ」の権化なのでよくわかる。少年時代は冷静に読めなかったセリフに,矢口高雄の素晴らしい自然感が表現されており,やはり「自然マンガ」では矢口高雄の前に矢口なし,後にも矢口なし,だ。
そういえば,毎回のように奇抜なアイデアで釣る三平君のアイデア自体,連載時はどうやって案を練り上げたのだろう
ふと思ったのが,自分がクロダイやライギョなどの歯の鋭い魚を取り込む際に「谷地坊主流取り込み法」(軍手を使う方法)をやってみてはどうかと考えたのだ。
ただ,ライギョは思い切り口を閉じてしまうから,指が切れるだろう。クロダイも微妙だな。
とにかく「定説にとらわれない」三平くんの発想は,バストーナメントなどでは結構発揮されているようだ。しかし,意味合いが違う気もする。対人的戦略がまずあって,そこから対自然のような気がする。バストーナメントにほとんど興味がなくなって久しいが,アメリカトーナメントでは「あえて規則破り」して釣るなんていう戦略もあった。
どんな釣りも自然に支配されていて,自然にかなわない。
一平じいちゃんの言葉は,釣れてないときにも天狗になってしまったときにも役立つねえ。