「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

福岡県赤村 ・ 戸代城小夜姫伝説 「 蛇巻岩 」

2015-12-08 02:01:41 |  滝 ・ 名所 ・ 神社仏閣



蛇がとぐろを巻いたように段々と螺旋になっている







今川の河川の片隅にポツンとある









「 蛇巻岩 」 は、福岡県赤村の山浦畑地区の今川にあり、
その昔、戸代城に小夜姫と呼ばれるきれいな姫がいた。
しかし、想いを寄せていた家臣に裏切られ城攻めにあい、
今川に身を投げて大蛇となり、
その大蛇が大岩に巻き付いたまま死んでいたという伝説からきている。

戸代山城跡は、平成筑豊鉄道油須原駅の北、
戸代山 ( 標高318m ) の頂上にある。
遠白山と称していたのが、戸代山と書くようになったと言われている。

本丸は、南北27m、東西18mほどの広さで、
中央に産霊大祖神社の祠がある。
本丸の南には東西62m、南国37mの広い平地があり、
ここが二の丸と言われている。
本丸の北東にかけて曲輪跡が続き、深い空堀と竪壕を配し、
石塁、畝状阻塞(連続竪壕群)、三重の空堀、土塁などを備えた
典型的な連郭式山城の姿を残している。

戸代山城は、延元4年・暦応2年(1339年)菊池武重によって築かれたと云われる。
南朝方の雄、菊池武重が豊前に攻め入り緒方氏を降して戸代山に城を築き、
肥後守武光を置いて守られたという。

応安3年(1370年)北朝方の畠山義深によって攻略され、
菊池氏は肥後へ退き、畠山氏の持城となったが、
応安5年(1398年)大内盛見によって畠山氏は滅ぼされ、
戸代山城は大内氏を追い落とした大友親泰の居城となった。

その後も大内氏、宇都宮氏(城井氏)、毛利氏によって争われたが、
天正年間(1573年~1592年)頃の城主は馬屋原左馬助元有であった。
天正15年(1587年)豊臣秀吉の九州征伐で元有は降伏を申し出たが許されず、
黒田孝高によって攻め落とされ、
その後の岩石城攻略時には、秀吉が戸代山城から観戦したという。

『 日本外史 』 には、岩石城をの戦況を望んだ秀吉が、蒲生氏郷の働きを賞し、
陣羽織を与えたと記してある。


福岡県杷木町 「 根性スイカ 」

2015-12-08 00:35:41 | 日記 ・ イベント














「 根性スイカ 」 があった杷木町の上池田公民館




先月、沖縄の金武町で季節外れの?スイカを頂いたが、
内地でも初冬にスイカが生っていたのを動画で撮っていたことを思い出した。
11月の冷たい雨が降る中、狭小の隙間からスイカの茎が生え、
その先にスイカが生っていた。

スイカを支えている板には、誰が書いたか分からないが、
「 根性スイカ 」 と書かれていた。

その横には大きな三階建ての家があった。


長崎県小値賀島 「 小値賀島のお土産 」

2015-12-08 00:24:41 | パン ・ ケーキ ・ お菓子























































これもお蔵入りしそうな記事だった・・・
小値賀島の小値賀アイランドツーリズムが運営している売店で買ったお土産である。

小値賀島に早朝に着いた人が夜が明けるまで仮眠できる場所を提供してくれたり、
民泊を含め、島の人が一丸となって色んな面でサポートしてくれる。
小値賀島の特産品の 「 落花生 」 を使った商品を買って帰ったが、
落花生の豆腐は、沖縄のジーマミ豆腐のように粘りがあり、
豆腐というよりも、山芋?のような、つきたての餅のような感覚である。

手作りクッキーも手作りならではの美味しさがあった。
今度は、暖かい時期に再度、宇久と合わせて訪れたい島である。