過疎の島、久賀島 ( ひさかじま ) 。
この島に五島最古の教会がある。
かつて、その教会でオルガンを弾いていた五輪真弓の曽祖父、
ここに五輪真弓のルーツがある。
旧五輪教会堂は、キリシタン禁制解除に伴い
明治14 ( 1881 ) 年に浜脇教会として久賀島内の浜脇の地に建てられ、
その後昭和6 ( 1931 ) 年に現在地に移築されました。
浜脇教会では増加した信徒を収容するのに手狭になり、
また老朽化も重なり、建て替えられるのを機に五輪地区に譲り受けたものです。
浜脇では当初新しい教会の建設に伴い解体する予定でしたが、
「五輪の地に教会を」との五輪地区の信徒らの熱い望みが
教会堂の移築を実現させたのです。
以後50年間、五輪地区と蕨小島の信徒の信仰のよりどころとしての役目を果たしましたが、
老朽化のため昭和60 ( 1985 ) 年、すぐそばに新しく五輪教会が建設されました。
この時点でも当初は解体し、その場所に教会を新築する話が持ち上がりました。
しかし “貴重な文化財として価値ある建造物を何とか守ろう”と、
関係者の熱意と地元信徒の協力により、
解体の危機を乗り越え当初の姿で保存されることになりました。
隣接して新しい教会が建設されたことに伴い
旧五輪教会堂は福江市(現五島市)に寄贈され、
市の維持管理のもと一般公開され現在に至っています。
旧五輪教会堂は創建時の形態をよく伝えている建物で、
木造瓦葺平屋建、窓がポインテッドアーチ型である点を除けば、
外観は全くの和風建築で、内部は三廊式、
板張のリブ・ヴォールト天井による空間構成、
ゴシック風祭壇等、本格的な教会建築様式となっています。
また移築の際に正面玄関が付加され、
祭壇背後の下屋も拡張された形跡がみとめられます。
殉教と潜伏キリシタンに象徴されるカトリック信仰の歴史を数多く刻む長崎地方にあって、
現存する明治初期の教会としては、
信徒発見の舞台となった長崎の大浦天主堂に次ぐ古いものです。
険しい山を背にする小さな漁港のわずかな平地に、
潮風に耐えひっそりとたたずむ教会の姿は、
弾圧に耐え抜き信仰に命をかけた五島キリシタンを彷彿とさせます。
当時の教会建築の様子を知る上で歴史的に貴重な建造物であり、
国の重要文化財 ( 平成11 ( 1999 ) 年5月13日指定 ) に指定されています。
また、現在ユネスコの世界文化遺産の暫定リスト入りしている
『長崎県の教会群とキリスト教関連遺産』の構成資産候補の一つになっている教会です。
所在地 : 長崎県五島市蕨町五輪
教会の保護者 : 聖ヨゼフ