「フィデリオ」がまだ頭に入っていない。週末には一通り流せるだろうか。なんといっても尺もそれほどないので楽で、フロレスタンを歌うヨーナス・カウフマンかが言っていたように器楽的に歌を作曲してあるので、ある意味頭に入りやすいだろう。オペラや楽劇などが分かり難いのは叙唱とかそこから音楽へと変わっていったところが頭に入り難い。歌手もプロンプターにお世話になるのはそうしたところとかアリアの繰り返しリフレーンとかなのだろう。重要な長い語りなどはしっかり頭に入るに違いない。管弦楽の伴奏とも間違いようがない。ベートーヴェンの書法は、逆に言葉の繋ぎの経過音などが少なく、そこに言葉が乗るので歌い難くなっているのか?
木曜日に出かけるので、心積もりをして計画をして時間を空けなければいけない。公演前には翌日曜日のティケットを手渡すための最終打ち合わせを劇場に引き取りに来るおばさんとしなければいけない。立見席なので、今回はその前後にスキーに出かける余裕はないが、普段着で出かけようとしている。これがまた色々と考える。先日安売り購入したシャツは先日下ろした。チェックが年寄りくさいので、つまりチャールズ皇太子愛用柄で、実際以前は同じメーカーのものを愛用していた筈だが、今は生地と縫製によって二段階に分けたので、安物の方つまりメードインイングランドで無い方はもう使っていないかもしれない。私が入手したのも50ポンドだから、優に十回以上は余所行きとして洗濯屋に出せるのでお手軽価格である。
但しそのピンクの色合いや柄を見るとあの皇太子のキャラクターがよく表れている。先ず色自体が俗に言われるマザーコムクレックスのピンクで、なぜそう思うかというと、指揮者ティーレマンの愛用のトレーナーの色だからだ。そのように新聞に書かれていて、片手落ちにならないようにキリル・ペトレンコの事も書かれていた。両者とも母親と近く未婚という共通点で、なるほどペトレンコの衣装などを見ると、母親の趣味かなとの印象がある。少なくともアニヤ・カムペからのプレゼントとは若干違うなというのが最近の観測である。逆にティーレマンの場合はそんなトレーナーは流石に母親も宛がわないであろう。要するに皇太子にも共通している。
シャツはそれでいいのだが、タイもせずにジーンズで出かけようかということだ。想定外に同時発注したタイが凄く良かった。ヴィオレットなのだが間に入っている糸がピンク系で、ネットで購入した時はまさかこれほどシャツに合うとは考えていなかった。寧ろ次に購入する心算のヴィオレット系に合すぐらいの予定だったのだ。だからもう少しこの組み合わせで出かけたいのだが、立ち席では要らぬ皺も行くので惜しく、身体も辛い。
水曜日のコンサート評がノイエズルヒャー新聞に載っている。内容は老舗新聞の割にはそれほど優れたものではないが、丁度私と反対側からものを見ているので面白いと思った。当然のことながら、現実に私とは反対側のプレス用の席に座ってこちらを見ていた訳だ。つまり、一曲目のメシアンが上手く行かなかったことを、私は「指揮が出来ていなかった」そして「練習不足を録音のために安全運転した」と評したが、新聞は「些か試し試しで制御し過ぎているようで、二曲目のモーツァルトへ移った」としている。地元紙であり間違いなく楽員にも懇意な裏取り先があるに違いないが、そうなると楽員がそのように感じたということにもなる。制御し過ぎと指揮が出来ていないのその狭間が面白いと思った。同じことの裏表ではないか?
モーツァルトに関しては私のように厳しい見方をしておらず、ルーティンにならず独奏者とのテレパシーの交換となるとやはりその精度が問われる。そもそもソロが荒ければその程度のお相手しかできないとなるが、独配置の合わせる難しさがそこにあると思う。恐らく最終日にはもう少しよくなっただろう。新聞でも一般的に芸術的不満があった昨日はとうとう過去に、そして今丁度これからとなったとしている。正式就任は秋からなのでそうした言い方がなされる。導入にはトーマス・マンの言葉を借りて「ドロップアップする学生の新学期が始まる前の自由でふわふわした気持ちに溢れた開放感」をそこに重ねている。
そして何よりも前に持ってきて大きく報じられたのは、ベートーヴェンの演奏である。楽団の公式同様にジンメン時代の世界的な名声をその頂点としているが、その前に前任者時代からの大きな跳躍に触れていて、同じ楽団とは思えない積極性や合奏に関して絶賛している。同時に当代一のベートーヴェンを伝統楽器で歴史的奏法を兼ねて演奏させる指揮者として評価している。まさに、まだ移行期というのに期待が高まるということでしかないだろう。
インタヴューにもあるように管弦楽団に合わせたプログラム作りをモットーとするならば、このような方向で精度を高めていかなければいけないだろう。もう一つ気になったのは、精度とも係るのだが、ダイナミックスの小ささは、会場ゆえに上を押さえていることよりも下へと延びていないからだと思う。ピアニッシモがしっかり出るかどうかでもう一つ上のクラス分けに引っかかると思う。
参照:
Ja, ist das überhaupt noch dasselbe Orchester?, Christian Wildhagen, NZZ vom 17.1.2019
仕事納めのその準備 2018-12-28 | 生活
玄人らしい嫌らしい人 2019-01-18 | 音
木曜日に出かけるので、心積もりをして計画をして時間を空けなければいけない。公演前には翌日曜日のティケットを手渡すための最終打ち合わせを劇場に引き取りに来るおばさんとしなければいけない。立見席なので、今回はその前後にスキーに出かける余裕はないが、普段着で出かけようとしている。これがまた色々と考える。先日安売り購入したシャツは先日下ろした。チェックが年寄りくさいので、つまりチャールズ皇太子愛用柄で、実際以前は同じメーカーのものを愛用していた筈だが、今は生地と縫製によって二段階に分けたので、安物の方つまりメードインイングランドで無い方はもう使っていないかもしれない。私が入手したのも50ポンドだから、優に十回以上は余所行きとして洗濯屋に出せるのでお手軽価格である。
但しそのピンクの色合いや柄を見るとあの皇太子のキャラクターがよく表れている。先ず色自体が俗に言われるマザーコムクレックスのピンクで、なぜそう思うかというと、指揮者ティーレマンの愛用のトレーナーの色だからだ。そのように新聞に書かれていて、片手落ちにならないようにキリル・ペトレンコの事も書かれていた。両者とも母親と近く未婚という共通点で、なるほどペトレンコの衣装などを見ると、母親の趣味かなとの印象がある。少なくともアニヤ・カムペからのプレゼントとは若干違うなというのが最近の観測である。逆にティーレマンの場合はそんなトレーナーは流石に母親も宛がわないであろう。要するに皇太子にも共通している。
シャツはそれでいいのだが、タイもせずにジーンズで出かけようかということだ。想定外に同時発注したタイが凄く良かった。ヴィオレットなのだが間に入っている糸がピンク系で、ネットで購入した時はまさかこれほどシャツに合うとは考えていなかった。寧ろ次に購入する心算のヴィオレット系に合すぐらいの予定だったのだ。だからもう少しこの組み合わせで出かけたいのだが、立ち席では要らぬ皺も行くので惜しく、身体も辛い。
水曜日のコンサート評がノイエズルヒャー新聞に載っている。内容は老舗新聞の割にはそれほど優れたものではないが、丁度私と反対側からものを見ているので面白いと思った。当然のことながら、現実に私とは反対側のプレス用の席に座ってこちらを見ていた訳だ。つまり、一曲目のメシアンが上手く行かなかったことを、私は「指揮が出来ていなかった」そして「練習不足を録音のために安全運転した」と評したが、新聞は「些か試し試しで制御し過ぎているようで、二曲目のモーツァルトへ移った」としている。地元紙であり間違いなく楽員にも懇意な裏取り先があるに違いないが、そうなると楽員がそのように感じたということにもなる。制御し過ぎと指揮が出来ていないのその狭間が面白いと思った。同じことの裏表ではないか?
モーツァルトに関しては私のように厳しい見方をしておらず、ルーティンにならず独奏者とのテレパシーの交換となるとやはりその精度が問われる。そもそもソロが荒ければその程度のお相手しかできないとなるが、独配置の合わせる難しさがそこにあると思う。恐らく最終日にはもう少しよくなっただろう。新聞でも一般的に芸術的不満があった昨日はとうとう過去に、そして今丁度これからとなったとしている。正式就任は秋からなのでそうした言い方がなされる。導入にはトーマス・マンの言葉を借りて「ドロップアップする学生の新学期が始まる前の自由でふわふわした気持ちに溢れた開放感」をそこに重ねている。
そして何よりも前に持ってきて大きく報じられたのは、ベートーヴェンの演奏である。楽団の公式同様にジンメン時代の世界的な名声をその頂点としているが、その前に前任者時代からの大きな跳躍に触れていて、同じ楽団とは思えない積極性や合奏に関して絶賛している。同時に当代一のベートーヴェンを伝統楽器で歴史的奏法を兼ねて演奏させる指揮者として評価している。まさに、まだ移行期というのに期待が高まるということでしかないだろう。
インタヴューにもあるように管弦楽団に合わせたプログラム作りをモットーとするならば、このような方向で精度を高めていかなければいけないだろう。もう一つ気になったのは、精度とも係るのだが、ダイナミックスの小ささは、会場ゆえに上を押さえていることよりも下へと延びていないからだと思う。ピアニッシモがしっかり出るかどうかでもう一つ上のクラス分けに引っかかると思う。
参照:
Ja, ist das überhaupt noch dasselbe Orchester?, Christian Wildhagen, NZZ vom 17.1.2019
仕事納めのその準備 2018-12-28 | 生活
玄人らしい嫌らしい人 2019-01-18 | 音