
この小説のタイトルは『湖畔のあかり』だと思ったが、『あかりの湖畔』だった。この文を書くためタイトルを最初『湖畔のあかり』と入れたのだが、最後に写真を取り込むため検索すると、そんなタイトルの小説はなくて、『あかりの湖畔』でしょ、とコンピュターに叱られたことで、自分の過ちに気づく。主人公の名前が灯子で、それだから、そういうことになるのだろう。まぁ、そんなこと、どうでもいい話なのだが。でも、なんか気になる。
もともとは新聞連載小説なのだが、これを毎日少しずつ読んだ読者はどんな気分だったのだろうか。まるで話が進まないから、いらいらする。一気に読んでも、こんなにももどかしいのだから、毎日少しずつ読んでいった人たちはさぞかしいらいらさせられたことだろう。だが、もしかしたらそれが快感だったのかもしれない。少しも話が進まないのは、この三姉妹の日々そのものだったのかもしれない。
一番の問題は、主人公である長女、灯子のキャラクターである。彼女は何もしない。ただ、そこにいて、時の流れに身を任せている。自分から一切行動しないのだ。今あるままでいい。ずっとこのままで。そんな彼女がもどかしいのは僕だけではなく、この小説に出てくるすべての人たちも、である。この停滞感こそが作者のねらいでも有る。これって、まんまと作者の術中に嵌ったとも言える。ではこんな女の人を描くことで作者は何をしたかったのだろうか。
何もしなければ退屈で、つまらないから、人は常に新しいことにチャレンジしようとする。だが、本当は変わることに特別な意味なんかない。それよりも変わらないことのほうが意味のあることではないか。淡々とした日常を生きること。それこそが幸せなことなのかもしれない。なんてことを、僕が思うのではない。この主人公の生き方を見ながらそれもありかもしれない、と思ったことは事実だ。だが、こんなふうに書きながらもでも、なんだかなぁ、と思っている。
世の中は変わっていく。変わらないものはない。この湖畔の店も、徐々に寂れてゆき、やがては潰れてしまうことだろう。彼女はそれまでは、ここで、こうして、店を続ける覚悟だ。それはここが好きだから、というわけでもない。もちろん好きは好き。でも、そこまで拘っているわけではない。ただ、世の中が変わることを受け入れられないだけだ。消極的な生き方である。そんな彼女を批判する向きもあるだろう。自分の気持ちを表に出さない。それがいいことだ、とも思わない。だが、彼女はそんなふうに生きてきた。そして生きている。ただそれだけのことなのだ。父と母のことも、彼女は自分のせいだと思い、ずっと罪の意識を抱え込んできた。自分さえ何もしなければみんなは幸せになる。そんなはずがあるがずないことなんて、子供にでもわかる。
30歳を過ぎても、人は変わらない。これはそんなある意味頑固な女の話だ。こんなにも何も起こらない長編小説って、あまりないだろう。劇的とは遠く離れて、ただこの場所に寄り添うように生きる。そんな女性の物語。
もともとは新聞連載小説なのだが、これを毎日少しずつ読んだ読者はどんな気分だったのだろうか。まるで話が進まないから、いらいらする。一気に読んでも、こんなにももどかしいのだから、毎日少しずつ読んでいった人たちはさぞかしいらいらさせられたことだろう。だが、もしかしたらそれが快感だったのかもしれない。少しも話が進まないのは、この三姉妹の日々そのものだったのかもしれない。
一番の問題は、主人公である長女、灯子のキャラクターである。彼女は何もしない。ただ、そこにいて、時の流れに身を任せている。自分から一切行動しないのだ。今あるままでいい。ずっとこのままで。そんな彼女がもどかしいのは僕だけではなく、この小説に出てくるすべての人たちも、である。この停滞感こそが作者のねらいでも有る。これって、まんまと作者の術中に嵌ったとも言える。ではこんな女の人を描くことで作者は何をしたかったのだろうか。
何もしなければ退屈で、つまらないから、人は常に新しいことにチャレンジしようとする。だが、本当は変わることに特別な意味なんかない。それよりも変わらないことのほうが意味のあることではないか。淡々とした日常を生きること。それこそが幸せなことなのかもしれない。なんてことを、僕が思うのではない。この主人公の生き方を見ながらそれもありかもしれない、と思ったことは事実だ。だが、こんなふうに書きながらもでも、なんだかなぁ、と思っている。
世の中は変わっていく。変わらないものはない。この湖畔の店も、徐々に寂れてゆき、やがては潰れてしまうことだろう。彼女はそれまでは、ここで、こうして、店を続ける覚悟だ。それはここが好きだから、というわけでもない。もちろん好きは好き。でも、そこまで拘っているわけではない。ただ、世の中が変わることを受け入れられないだけだ。消極的な生き方である。そんな彼女を批判する向きもあるだろう。自分の気持ちを表に出さない。それがいいことだ、とも思わない。だが、彼女はそんなふうに生きてきた。そして生きている。ただそれだけのことなのだ。父と母のことも、彼女は自分のせいだと思い、ずっと罪の意識を抱え込んできた。自分さえ何もしなければみんなは幸せになる。そんなはずがあるがずないことなんて、子供にでもわかる。
30歳を過ぎても、人は変わらない。これはそんなある意味頑固な女の話だ。こんなにも何も起こらない長編小説って、あまりないだろう。劇的とは遠く離れて、ただこの場所に寄り添うように生きる。そんな女性の物語。