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映画・演劇のレビュー

星野智幸『ひとでなし』

2024-12-19 16:07:00 | その他
なんと650ページに及ばんとする大長編である。重い。(内容も,だけどまず本自体が)描かれるのは60年に渡る架空日記。現実の生活と並行して描かれるのだが、次第につまらない現実を引き離して暴走する。自分の心にある邪なものをそこに吐き出して忘れるための日記。誰にも読まさないもの。だけど書いているだけでなく、時々後で読んでしまう。

担任のセミ先生から勧められて小学校5年の梅雨時から始めた。自分に正直に嘘をつく。1976年6月8日から始まって、50年。

こんなにも丁寧に人生のあらゆることを記述していく。高校時代は暗黒時代だったから現実はほとんど記述もなく、架空日記だけが延々と続く。反対に怒濤の二十歳前後はほとんど架空日記はない。実人生がほとんど架空日記状態だったから。黄昏族とのハワイ行きからベロニカとの性愛の日々まで。

350ページを越えたところからとうとう社会人になる。新聞記者となり怒濤の実世界に放り込まれる。だからここから架空日記は一切なくなった。50ページくらいないままだけど仕方ない。それくらいに多忙を極める。そのまま第6章に突入。実はここからお話がまさかの面白さを見せてくれる。ここまではこのお話を展開するための前哨戦だったのではないか、とすら思わせる。(だとするとあまりに長い前置きではないか!)

そして運命の2001.9.11に突入である。同時多発テロは未然に防ぐことが出来た、と思わせる記述に唖然とする。何かの間違いではないか、と思うけど。しかもその後には架空日記には同時多発テロが起きたアメリカが描かれるのだ。完全に逆転した世界が描かれていく。もともとこの小説世界は現実をベースにしながらも明らかに虚構の歴史が描かれていた。ただしあくまでも現実世界を基にしたお話である。なのにここに来てまさかの逆転。この先どうなるか,見えない。それはこの小説の今を生きる「私」たちにとっては当たり前のことであるが、読者である「僕」たちにはあり得ないことだ。読みながら一気に緊張感が高まっていく。この先にある3.11はどうなるか、とか。

だが、怒濤の展開は止まることを知らない。9.11以降のメキシコ行き、アメリカでの再会、さらには2004戸籍制度の廃止へと。この世界は凄い勢いで変わっていく。だけど2011東日本大震災は起こる。

ラストではコロナやロシアのウクライナ侵攻までがしっかり描かれると同時に80歳になる母親の認知症介護の顛末もリアルに描かれていく。架空日記と現実はところどころで逆転したり、もうどちらが現実でもいいというくらいに渾然一体となる。

21世紀に入ったところからは話に引き込まれてページを捲る手が止まらない。つい最近の自分たちが体験した現実もそこに重なり合って、このマルチバースでパラレルワールドに魅了される。とんでもない作品だった。主人公が僕とほぼ同年代(僕が5歳上だけど)だから描かれている背景がリアルに理解できるのもよかった。

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