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映画・演劇のレビュー

石田衣良『余命1年のスタリオン』

2013-09-21 19:43:14 | その他
 競馬の話か、とカバーを見て思ったから、最初は読む気がなかったのだが、先日池田敏春監督の遺作『秋深き』を見て、あれが競馬の話だったから、そのつながりで、これも運命か、と思い、それに暇だし、とも思い、手に取ると、これがまるで馬の話ではなく、二枚目だけど、30代後半になりあまりぱっとしない中堅俳優が主人公だった。もちろん、タイトル通り、彼が肺がんになり余命1年の宣告を受けたところから始まる1年間の物語。池田監督の遺作の後で、こういう本を読むのって、なんか繋がっているようで、不思議だ。しかも、なんとこれは、自分が死ぬ前に1本の映画を作る男の話なのである。

 人生の最期に何ができるのか、それを描く。よくある難病ものなのだが、この500ページ超えの大作は、彼が1年間でやれる限りのことをやりこなしていく姿を、奇麗事ではなく、とても真摯に描いていく。

 最期に自分を主演にした映画を作ること。さらには、今までの刹那的な恋ではなく、本当の恋愛をすること。そして、子供を作ること。たった1年間でそんなことが可能なのか、と言われると、不可能というしかない。物事はそんな簡単ではない。

 だが、くよくよするのではなく、残された時間を全力で生きようと思うのだ。こんなふうに書くと、これはやっぱりとても「ありきたりな話」だ。だが、それ以外に何があろうか。この小説がいいのは、そんなありきたりにうんざりするのではなく、それをとても新鮮なこととして描いたことにある。周囲の協力もある。だが、周囲を動かしたのは彼の決意だ。そこにみんなが集まってくる。

 3億円クラスの中規模映画で、内容は軽いラブコメで、でも、そこに自分が生きてきたことのすべてを込める。簡単に3億円と書いたが、それだけのお金を集めるのは並大抵ではない。TV局の製作する映画ではなくプロダクションが主体になる自主企画だ。資金繰りは困難を極める。しかも、時間がない。がんの治療(というか、末期がんで、もう手の施しようはないから、いかにして、撮影をこなすか、のため)も並行して行う。そんな状況の中で、彼は全力で戦うことになる。

 小説の中に登場するこの映画のタイトルが『種馬の人生』なんていう、つまらないタイトルなのにはがっかりだが、(なんでこんなありえないタイトルにするのだろうか? せめて『スタリオン』くらいでとどめてもらいたかった)この設定でのドラマの作り自体は悪くはない。もちろんこれがリアルか、と言われると、少し首をひねらざる得ない箇所(映画好きなら、気になることだらけだ)が山盛りあるけど、中間小説としてはこのくらいの設定でも許される範囲だろう。ベタだけれど、泣ける。ただ、真実の愛に目覚めるなんていう話の方はあまりに都合がよすぎて、乗れないけど。



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