この夏、『崖の上のポニョ』と並んで、一番見たかった映画である。夏の終わりのこの時期になって、ようやく見ることが叶った。是枝裕和監督の最新作である。
今年のベストワンに押したい秀作だ。今までの是枝映画の中でもダントツですばらしい。
夏の1日のスケッチである。年老いた両親たちの住む家に、子供たちが集まってくる。今日は15年前に死んだ長男の命日。海で溺れようとしていた子供を助けて、自分の命を落としてしまった長男。家族は今もその痛みを抱えて生きている。
長女(YOU)は老いて病院も閉めてしまった親の面倒を見るため同居を考えている。しかし、母親はそんな彼女を迷惑に思う。出来ることなら、次男(阿部寛)に帰ってきて貰いたい。しかし、彼にはそんな気はさらさらない。両親は次男のことよりも死んでしまった長男のことが好きだった。親の意志を継いで医者になり、親の望み通りに生きてきた。なのに、死んでしまった。次男は自分より死んだ兄を贔屓する両親に反発している。もう、40歳になるのに、である。
72歳の父(原田芳雄)は病院を閉めてから、自分の場所を失いおろおろしている。もちろんそんな事おくびにも出さないが、あきらかに毎日の生活に張りを失っている。みんなから先生と呼ばれ尊敬されていた。田舎の名士だったのだろう。母(樹木希林)は、専業主婦として夫を支えてきた。と、いうかこの年齢の妻はみんなそんなものだろう。ましてや、この家は開業医である。彼女が結婚してからずっと外で働いたりしなかったのはあたりまえのことだ。
正直言って、彼らは、どこにでもあるような家族だ。それぞれの微妙な違いはあれ、どこの家族も同じような事情を抱えている。映画は彼らのひとつひとつの事情をさりげなく見せていく。次男は、今、失業中でそのことを親に知られたくない。だいたい、彼は自分の妻(夏川結衣)が、子連れで再婚であることを、引け目に感じている。きっと、両親は2人の結婚に反対したであろう。大事な息子を「中古の女」にやるわけにはいかない、なんてあの母親ならかなり、文句を言ったはずだ。だが彼はそんな反対を押し切って結婚した。そのへんの事情は当然語られない。もう過ぎたことだからだ。だが、言葉の端々にしっかり感じられる。母親は、直接嫁である彼女に対して何かを言ったりはしないが、娘には、いろんなことをさりげなく言う。もちろん悪気があるわけではない。ただ、今でも彼女の中にわだかまりがある。だが、母親なら相手が誰であれ、息子の嫁に対して多かれ少なかれそんな感情を持つものだろう。
こんなふうに書いていけばきりがない。しかも、そんな事を書いてもこの映画の本質にはまるで迫らない。ただの徒労だ。しかし、さりげない描写でさまざまなことが語られる。見事である。ことさら何かを言おうとするのではない。なんとなく見せたものが、様々なことを無言で伝える。そんな映画だ。短い描写、せりふで的確に描かれてあり、見ていて、ドキッとさせられたり、クスッと笑わされたり。
夏の日、家族が集まり、1日を過ごし、別れて行く。長女の一家は、その日の夕方、帰ってしまい、次男の一家は泊まっていく。お互いに気を使い、いたわりあい、でも、本音は心の奥にしまいこんだまま、穏やかな日を過ごす。
夕方、少し暑さが収まった時、次男夫婦と息子が、母親と墓参りに行くシーンと、翌日、同じ3人が、今度は父親と海に散歩しにいくシーンがある。家の中からほとんど出ないこの映画の中で、この2つの外出はなんだか、ほっとさせられる。別に、この映画が息の詰まるような緊張を強いているわけではない。それどころか静かで、心落ち着く映画だ。だが、開かれた場所にこの老人たちを連れて行く場面がなんだか、心に沁みる。ずっと2人で、この家の中で生活してきた。子供が家を出て行き、しかも、大事な長男を事故で亡くし、それから15年、この夫婦の歴史がそこにはある。そんなものまで、見えてくる。
それにしても、とても懐かしい映画だ。夏の1日。みんなで集まり、おいしいものを食べて、いろんな話(と、言っても別にこれといった話題はない。昔話くらいが関の山だ。)をする。そして、別れて行く。それだけの映画だ。だけど、そんな中にいろんなものが詰まっている。
夏の日に、老人2人の家に行き、両親から心からのもてなしを受け、両親に対して、精一杯の笑顔を向ける。ほんの一時の休日を過ごす。正直言ってここには何もない。静かでのんびりした時間が流れるだけだ。なのに、それだけのことがこんなにも心深くに沁みてくる。
所在なさげに、自分の部屋(かっての診察室だ)に籠り、仕事のフリする父親がかわいい。原田芳雄が居場所のない老人を見事に見せてくれる。そして、この映画の白眉は、夏川結衣の次男の妻である。肩身の狭い立場にありながら、それにしっかり耐え、この場を支えている。いつも静かに笑っている彼女がすばらしい。原田同様、受身の芝居で、とても難しい役を見事にこなす。
今年のベストワンに押したい秀作だ。今までの是枝映画の中でもダントツですばらしい。
夏の1日のスケッチである。年老いた両親たちの住む家に、子供たちが集まってくる。今日は15年前に死んだ長男の命日。海で溺れようとしていた子供を助けて、自分の命を落としてしまった長男。家族は今もその痛みを抱えて生きている。
長女(YOU)は老いて病院も閉めてしまった親の面倒を見るため同居を考えている。しかし、母親はそんな彼女を迷惑に思う。出来ることなら、次男(阿部寛)に帰ってきて貰いたい。しかし、彼にはそんな気はさらさらない。両親は次男のことよりも死んでしまった長男のことが好きだった。親の意志を継いで医者になり、親の望み通りに生きてきた。なのに、死んでしまった。次男は自分より死んだ兄を贔屓する両親に反発している。もう、40歳になるのに、である。
72歳の父(原田芳雄)は病院を閉めてから、自分の場所を失いおろおろしている。もちろんそんな事おくびにも出さないが、あきらかに毎日の生活に張りを失っている。みんなから先生と呼ばれ尊敬されていた。田舎の名士だったのだろう。母(樹木希林)は、専業主婦として夫を支えてきた。と、いうかこの年齢の妻はみんなそんなものだろう。ましてや、この家は開業医である。彼女が結婚してからずっと外で働いたりしなかったのはあたりまえのことだ。
正直言って、彼らは、どこにでもあるような家族だ。それぞれの微妙な違いはあれ、どこの家族も同じような事情を抱えている。映画は彼らのひとつひとつの事情をさりげなく見せていく。次男は、今、失業中でそのことを親に知られたくない。だいたい、彼は自分の妻(夏川結衣)が、子連れで再婚であることを、引け目に感じている。きっと、両親は2人の結婚に反対したであろう。大事な息子を「中古の女」にやるわけにはいかない、なんてあの母親ならかなり、文句を言ったはずだ。だが彼はそんな反対を押し切って結婚した。そのへんの事情は当然語られない。もう過ぎたことだからだ。だが、言葉の端々にしっかり感じられる。母親は、直接嫁である彼女に対して何かを言ったりはしないが、娘には、いろんなことをさりげなく言う。もちろん悪気があるわけではない。ただ、今でも彼女の中にわだかまりがある。だが、母親なら相手が誰であれ、息子の嫁に対して多かれ少なかれそんな感情を持つものだろう。
こんなふうに書いていけばきりがない。しかも、そんな事を書いてもこの映画の本質にはまるで迫らない。ただの徒労だ。しかし、さりげない描写でさまざまなことが語られる。見事である。ことさら何かを言おうとするのではない。なんとなく見せたものが、様々なことを無言で伝える。そんな映画だ。短い描写、せりふで的確に描かれてあり、見ていて、ドキッとさせられたり、クスッと笑わされたり。
夏の日、家族が集まり、1日を過ごし、別れて行く。長女の一家は、その日の夕方、帰ってしまい、次男の一家は泊まっていく。お互いに気を使い、いたわりあい、でも、本音は心の奥にしまいこんだまま、穏やかな日を過ごす。
夕方、少し暑さが収まった時、次男夫婦と息子が、母親と墓参りに行くシーンと、翌日、同じ3人が、今度は父親と海に散歩しにいくシーンがある。家の中からほとんど出ないこの映画の中で、この2つの外出はなんだか、ほっとさせられる。別に、この映画が息の詰まるような緊張を強いているわけではない。それどころか静かで、心落ち着く映画だ。だが、開かれた場所にこの老人たちを連れて行く場面がなんだか、心に沁みる。ずっと2人で、この家の中で生活してきた。子供が家を出て行き、しかも、大事な長男を事故で亡くし、それから15年、この夫婦の歴史がそこにはある。そんなものまで、見えてくる。
それにしても、とても懐かしい映画だ。夏の1日。みんなで集まり、おいしいものを食べて、いろんな話(と、言っても別にこれといった話題はない。昔話くらいが関の山だ。)をする。そして、別れて行く。それだけの映画だ。だけど、そんな中にいろんなものが詰まっている。
夏の日に、老人2人の家に行き、両親から心からのもてなしを受け、両親に対して、精一杯の笑顔を向ける。ほんの一時の休日を過ごす。正直言ってここには何もない。静かでのんびりした時間が流れるだけだ。なのに、それだけのことがこんなにも心深くに沁みてくる。
所在なさげに、自分の部屋(かっての診察室だ)に籠り、仕事のフリする父親がかわいい。原田芳雄が居場所のない老人を見事に見せてくれる。そして、この映画の白眉は、夏川結衣の次男の妻である。肩身の狭い立場にありながら、それにしっかり耐え、この場を支えている。いつも静かに笑っている彼女がすばらしい。原田同様、受身の芝居で、とても難しい役を見事にこなす。