川上未映子のエッセイ集だ。2011年から22年までの日記でもある。一歩ずつ毎回を進んでいく。無理せず確実に。彼女のそんな姿勢が伝わってくる。
出産から始まり子育てに奮闘する期間がこのエッセイの背景にある。彼女がまず大事にしたのは作家としての自分、ではなく母親としての毎日だ。だがそれは当たり前の話で、目の前に赤ちゃんがいる。もちろん自分が産んで育てている我が子だ。この子は彼女がいないと死んでしまう。誰も助けてくれない。(夫はいるけど、あまり役に立たない)ここからはそんな彼女が最優先して子育てしている姿が見え隠れする。
というかここには確かにそれが隠れている。作家である彼女は仕事としてこのエッセイを書いているし、これは育児日記ではないから、子どもの話はあまり前面には出ない。当然だ。作家川上の日常スケッチである。育児出産については『君は赤ちゃん』に書き尽くしたし。彼女のこの12年の日々、そこでの想いが描かれる。
この12年の間に彼女は傑作短編集『愛の夢とか』(これを読んだことを機にこのエッセイを手にした)や『あこがれ』、さらには『夏物語』から最新作『黄色い家』を上梓している。だが、その話はここにはほとんど触れない。それは子育ての件と同じ。
日常の中での想いを描くが、その背景は育児と仕事。そして、東日本大震災からコロナまで。まさかの日々の中にある日常は、特別なことはないのに、なぜかとてもスリリングだ。