習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

西牟田靖『誰も国境を知らない』

2009-04-17 19:52:18 | その他
 日本は海に囲まれた国だ。国内に国境線はない。だから、普段は隣接する国を意識することはない。西牟田靖さんが旅したこの国境の島のレポートは、普段は考えもしない外国と日本というものを考えさせられる。と、言っても自分が住んでいる大阪は国境の島とはほど遠い。あくまでもイメージでしか見えないものを西牟田さんが自分の目と足で体験してきてくれるのを書物を通して追体験するのだが。竹島や小笠原諸島、北方領土を描いた部分も確かに興味深いが、僕がこれを読んでいて、一番おもしろかったのは対馬を描いた部分だ。

 韓国からの観光客が大挙して押しかけるという現状は知らなかった。韓国人観光客で潤う町、その問題点も含めていろんなことを考えさせられた。釜山とこことの距離。韓国人にとってここは手軽に行ける身近な海外なのだ。それは僕たちが韓国に対して感じる身近さとも共通する。だが、問題はそれだけではない。

 反対に台湾から目と鼻の先にあるのに、行き来できない与那国島の話も興味深い。ここでは対馬と違い近隣の花蓮からの観光客の誘致は出来ない。台北から与那国島に行くにはなんと22時間かかるらしい。たった50キロしか離れていないのにである。直接渡ることが叶わないからだ。政府は辺境の島のことなんか気にしていない。彼らの生活が潤うためには台湾との距離を詰める必要がある。だが、それは困難を極める。

 大きな政治問題を背景にしたお話よりももっとささいな、でも生きていくうえで切実なそこで生活する人々のお話が興味深い。ソウルに行ったとき、ここから北朝鮮は実に近いということに気付き、じゃぁ、北朝鮮が見えるところまで行ってみようと思いついた。地図を見て、ルートを探し、江華島(カンファド)に行く。さらに船に乗り席毛島というところにも行った。そこから北朝鮮が見えたかどうかはどうでもいい。そこで出逢った日本から国際結婚してこの島に来た女性の話がおもしろかった。もうずっと日本には帰ったことがないらしい。彼女の語るここでの生活はこんなにも近い日本と韓国との距離を感じさせた。偶然入ったマーケット、そこのとある店に彼女はいた。日本人と話すのは久しぶりのことです、と彼女は言う。そんなものなのだ。

 旅をしていておもしろいのは、どこにでもあるような風景の中に自分の身を置く瞬間だ。もし、ここで生活していたなら、自分はどんな暮らしをしているのだろうか、と夢想する。普通の観光地なんかには興味はない。そこに暮らす人たちの生活空間が見える場所がいい。なんでもない路地とか、住宅を歩く。時たま迷子になることもある。でもそんな時間が好きだ。

 この本を読みながら、西牟田さんが偶然であった人たちと交わす言葉のやり取りに興味を抱いた。歴史的な問題や、事実の検証も大事だし、政治的ないざこざが国境の島に影響する様々な問題にも興味を惹かれるが、なんでもないことから、そこで暮らす人たちの現実が見えてくる瞬間が読んでいて一番心惹かれる部分だ。

 この本を読んでいてまたぞろ旅に誘われる。仕事が忙しいからなかなか休みが取れないが、なんとかして時間を作りたい。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『グラン・トリノ』 | トップ | 東直子『ゆずゆずり』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。