よくぞまぁ、こんな小説を書いてくれた。夫が風呂に入らなくなった、という、ただそれだけのことで世界が壊れていくさまが描かれることになる。まぁ、世界といっても彼ら夫婦の世界でしかないのだけど、夫婦にとってそれがまず一番大事。
冗談のようなお話だけど、冗談にはならない。なんと芥川賞候補作である。コメディではない。純文学作品なのだ。ふざけているわけではない。でも重くはない。こんなことになったことを夫も妻も受け入れる。そしてその状況を受け止めたうえで今後の生き方を考えていくことになる。なぜそうなったのか、どうすればこの状況から抜け出せるのか、とか、そんなお話にはならない。理屈ではなく、彼らにとっての事実を積み重ねていく。
その結果のあのラストは突き放されたと思うのではなく、これもまた事実か、と思わされる。夫の不在に意味はない。彼が死んでいても生きていてもそれが事実だ。
だからどうした、という意見もでてくるだろうけど、よくわからないことがあり、それを受け入れるところからお話が始まる。カフカの『変身』なんかにも通じる世界観なのだけど、(不条理劇ね)あり得ない話ではなく現実にもありえる。これはある種の病気なのだろうけど、そこからどこに進んでいくのか、わからないのにそれがなぜだか心地よい。