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映画・演劇のレビュー

『さよなら渓谷』

2013-06-29 09:05:22 | 映画
 吉田修一の原作は『悪人』の後の書かれた作品としては、なんだか物足りない。だが、そんな淡さが彼の本来の持ち味で、『悪人』はの方が異質なのだ。そんな原作をもとにして作られた大森監督によるこの作品は原作にはなかった粘つくような重くて暗い情念がある。2人の道行きのシーンが延々と描かれる。圧巻である。映画は原作とお話は同じなのに、感触はまるで違う作品になった。そして、それだから面白い。
 
 これは犯罪を描くドラマではないけど、静かに生きる男女の物語でもない。(原作はそんな印象を与えた)ありえないような話なのだが、そこに自分たちを置いて、そこで生きる。

 学生時代、集団レイプした男(大西信満)と、された女(真木よう子)が再会し、一緒に暮らす。罪を償うためだったのに、2人の間に愛が芽生える。彼女はそれを受け入れることが出来ない。彼にはそれをどうすることもできない。

 隣家の母親が幼い息子を殺した事件から発覚する、世界から逃れて生きている2人の生活。雑誌記者(大森南朋)により暴かれる2人の秘密。暴くことが目的ではなかった。だが、2人が気になり、彼を追ううちに彼らの過去が浮き彫りにされてくる。第三者でしかない彼の眼に映る2人の姿は彼自身が今抱える妻との冷え切った関係とリンクしていく。どうしようもないことがる。それをただ受け入れるしかない。だが、果たしてそうなのか。幸せになる路はないのか。そんなはずはない。まだ、諦めるわけにはいかない。大森とその妻(鶴田真由)とのほんの少しのシーンに再生への道を見る。壊れてしまったものを取り戻すことは簡単なことではない。だが、希望がないわけではない。

 主人公の2人の未来だって同じだ。修復できないことはない。男は待つという選択をした。この渓谷で、いつまでも彼女の帰りを待ちながら静かに暮らすことになるのだろう。罪は償えない。だが、未来はこの先にある。決して不幸ではないラストシーンだった。

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