7人が7人とも、とてもいい。(僕が見たのはAチーム。Bチームとは3人のキャストが違う)この作品は台本がまず素晴らしいのだけど、それを生かすためには、役者のアンサンブルが命だ。この会話劇の成否はそこで決まる。Iakuのオリジナル版は絶妙のキャスティングだったが、劇団大阪も見事だった。個々の役者の力量が遺憾なく発揮され緊密な空版を作り上げた。演出の小原延之さんは彼らの関係性を上手く絡ませて緊張感のある作品として見せた。
メリハリのついた芝居なのに、クサくならないのがいい。特に椿本さんを演じたなかたさゆり。彼女のわざとらしい芝居がとてもいい。ああいうわかりやすい芝居は作品全体を壊しかねない。とても怖い演じ方だ。なのに、そうはならなかった。彼女がベタな芝居で作品の前半戦を牽引する。彼女が突出するから他の役者たちはとてもやりやすい。(さすが、自称カウンセラーだ)
主役の名取由美子は、最初は受けの芝居に徹する。さらりと思いもしない状況の変化に戸惑う母親を演じた。この前半の彼女の戸惑いが、後半、いろんなことが、表出し、パニックになっていくところから変化していく部分で生きる。彼女が最初から力んでしまうと、作品全体の繊細な部分が台無しになる。
この家族の小さな問題が、社会問題として見る側に伝わってくるためには、ここに描かれるものがこの世界のあり方の縮図として、伝わらなくては意味が無い。見事に7人はその重責を担う。7人はそれぞれの役回りを象徴させつつ、リアルに立ち上がれなくてはならない。台本のよさを図式化してみせるのではなく、ある特殊な状況の中で生じた奇跡の瞬間として納得させるだけの演出力がなくては、この芝居は成り立たない。小原さんは社会派ドラマとしても、この家族の問題を広げていける。
こんな雨の夜に、たまたまこの7人が集まってしまったことで生じる、なんでもないささいな、でも劇的なドラマ。背景となる新興住宅地、河川の氾濫の危機感。そんなことのすべてが今あるこの現状とリンクしていく。
自分の性癖を認められないし、まだ、わからない。自分がゲイであるのか、判断しきれないから怖い。認めたくはないのではなく、認めていいのか、それすらわからないのだ。なのに、周りは決めつけようとするから苦しい。
ゲイであることをカミングアウトするということが問題ではない。自分の性癖に戸惑い、自分って何なのかを、家族や、他人に晒すという事態に直面した青年とその家族を通して、僕たちが抱える問題を見つめる。