習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『孤高のメス』

2010-06-09 21:34:55 | 映画
 こんなにも感動させられるとは思いもしなかった。これはまさに映画の王道をゆく傑作である。昔ながらの日本映画の伝統をしっかり受け継ぎながら、今の映画として成立している。懐かしいタッチなので、これは古臭いヒューマニズム映画なのかもしれない、と思わせる。だから最初は少し警戒した。1989年というあからさまな時代背景もどうだろうか、と思った。しかし、そんな杞憂は一瞬で吹っ飛ぶ。

 堤真一演じる医者がこの田舎の病院に赴任してきて、最初の日から難しい手術をする。わざとらしいストーリー展開ではないか。だが、これこそ映画本来のあり方だ、と後で気付く。摑みの部分はこういうスタンドプレイにすら見える描写でいいのだ。しかも、それで納得させるだけの力がある。目を覆いたくなるようなリアルな手術シーンが延々と続く。そこをきちんと見せるからこの映画は力を持つ。中途半端で流すとすべてが嘘になる。

 主人公は夏川結衣演じる看護婦だ。(当時は看護師なんて言わなかった)映画はやる気のない毎日を送っていた彼女の日常から始まる。厳密に言うと、彼女の火葬から始まる。死んだ彼女の日記を息子(成宮寛貴)が読む。そこから回想シーンになりドラマが始まる。20年以上前の話だ。

 田舎町。そこにある日、ふらりとやってくる男。彼を受け入れる女と彼女の幼い一人息子。ヒーローは寡黙で、優しい。そして、必ず悪を退治して去っていく。『シェーン』やその翻案である『遙かなる山の呼び声』の時代から同じである。これぞ映画の醍醐味。今時そんなアナクロはないだろ、と思っていた。だが正々堂々この映画はその王道を行くのだ。

 法に触れる脳死肝移植に挑む、とかいうテーマよりも、医療現場の現状とか、よりも、これはまず「西部劇」だと思う。そして、正統派娯楽活劇の流れを汲む映画だ。拳銃によるドンパチはないが、そのかわり迫真の手術がある。見ていてワクワクドキドキする。

 久しく忘れていた映画本来の魅力がここには詰まっている。骨太で正に日本映画ならではの超大作が甦った。これは『砂の器』のような国民的映画になるはずだ。日本人の魂に触れてくる映画である。と、かなり煽情的に書いたが、劇場はガラガラだった。こういう良く出来た映画にはお客は集まらない。

 相変わらずの主人公の足を引っ張るくだらない同僚(生瀬勝久が演じる)とか、パターンの展開もちゃんとある。だが、それが映画のバランスやリアルを損なうことはない。


 そんなことより、尊敬できる人が目の前にいて、彼について行きたいと思う人がいる、というあたりまえの奇跡が描かれていくのがすばらしい。それをわざとらしく描くのではなくとても自然に見せてくれるのだ。まだ、7カ月あるが、きっとこれが今年のベストワンである。

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