
横長対面舞台。中央のアクティングエリアだけではなく左右にも、舞台を設ける。さらには四方にも舞台を設える。観客は中央のメインステージだけではなく、同時多発に演じられる芝居も見守ることになる。感覚は研ぎ澄まされる。何が起こるのか。どこから誰が飛び出してくるのか。仕掛けを凝らした舞台になるかと期待させられる。だが、これはおもちゃ箱のような芝居ではない。江戸川乱歩という男がどういう軌跡をたどったのかを描く伝記ドラマなのだ。僕たちはその数奇な運命に魅了される。と同時に翻弄されることになる。
この作品は乱歩の小説のほぼ半数は彼の弟の手による創作だった、という衝撃的な事実を巡るドラマなのだが、そういうストーリーに至る以前に、まず、乱歩の崇拝者であった横溝正史の手によって乱歩名義の作品が書かれた、という前提が提示される。書けなくなった乱歩の文体をまねた代作をするという行為。自分勝手で理想が高く、現実から逃げてしまう彼の尻拭いをするふたりの弟たち。やがて、次男が兄に代わって新聞連載の大作を書く。乱歩の傑作小説『一寸法師』誕生だ。弟のアイデアで乱歩が書いた合作なのだが、乱歩は気に入らない。だが、大衆は支持する。
作、演出の丸尾拓は実際の出来事をベースにして伝記的ドラマとして、この家族の物語を組み立てる。ノンフィクションのような冷静なタッチだ。もっと大胆な脚色も可能だったはず。だけど、そうはしない。時系列に並ぶ乱歩とその家族の物語は江戸川乱歩という壮大な虚構をリアルに伝える。江戸川乱歩は、本人が望んだものではなくなり、やがては「乱歩」というブランドだけがひとり歩きをすることになる。これは江戸川乱歩というプロジェクトはどういう経緯をたどって生まれたのかを描くドラマなのだ。
もっとおどろおどろしい作品にだって出来たはずなのだが、そうはしない。この虚構を描くためにはそういう仕掛けは必要ない。丁寧に時間を追って彼らの姿を追いかけるだけでいい。とても面白い疑似ノンフィクションだった。ほんとうはどこまでが真実なのか。まぁ、そんなことはどうでもいい。2時間10分飽きさせない。