習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『魂萌え』

2007-01-29 21:37:58 | 映画
 40代後半の阪本順冶が、団塊世代を取り上げて映画を作る。しかも主人公は男ではなく、女性である。これを冒険と言わずして、何を冒険と言おう。それだけでなく、映画自体の内容も、とんでもない冒険である。

 59歳の主婦が、今までの生き方を全面的に否定して、本当の自分をやり直すために旅立つ。

 といっても、彼女がすることはカプセルホテルに2日泊まることだったり、夫以外の男性とのセックス(なんと相手は林隆三である)、リビングの壁紙を自分たち(彼女には学生時代からの3人の仲間がいる)で張り替えることだったり、勝手な息子に対して、はっきり自分の気持ちを言うことだったり、と、実は、日常の中での冒険なのである。

 だが、今までそんなことすら、出来ずに生きてきた。というか、そんなこと考えもしないで生きてきたのだ。決して不幸だったわけではない。どちらかと言うと、ささやかだけど幸せだったのだ。なのに、定年から3年で、夫は突然死に、自分が生きていく上での、拠りどころを失う。それに追い討ちをかけるように、真面目人間だと思っていた夫の浮気が発覚、自分を10年も騙していたと知る。

 相手の女は自分より年上。彼女と蕎麦屋を共同経営していたことを知り、自分は何一つ夫の事を知らなかったことを、思い知らされる。今までの自分の人生って何だったのだろう、と思う。さらには、ずっと行方知れずだった息子は、アメリカで結婚し、妻子を連れて帰ってくるし、遺産相続について、あれこれ意見してくる。娘は結婚もせず同棲する、と言うし、彼女の混乱は頂点に達する。

 そして、そんなあまりのことに、彼女はブチ切れてしまう。彼女の冒険はこうして始まる。

 風吹ジュンが主人公である。彼女を筆頭に、思いもかけないキャスティングがなされている。特に、三田佳子の愛人が凄まじい。さらには、加藤治子のカプセルホテルに住む老嬢。あまりのことに腰が引けてしまうくらいの凄さ。映画自体のブッ飛び方に追い討ちをかけるキャスティングの妙。よくぞここまで破天荒な映画を作ったものである。

 阪本順冶のキャリアの中では『顔』の流れを組む作品になろうが、こちらのほうが遥かに凄い。もちろんあの時も藤山直美を主役に据え、福田和子の破天荒な人生をエネルギシュに見せてくれたが、今回はその比ではない。なんといっても、《ただ》の主婦である。そのただの主婦がただの主婦として生きていくのだ。こんなどうでもいいようなことを描き、それがこんなにドラマチックになること。この驚きは並ではない。

 日常の中で、人はどれだけ跳ぶことができるのか。さらには、第二の人生を消極的に捉えるのではなく、ここまでポジティブに捉えてしまえること。それが死んだ夫への怒りからスタートしていく、という事実。やけくそになっていたから出来たこと。でも、とても自然に彼女は立ち上がる。そして、腹立ちはいつの間にかワクウクドキドキになっていく。そんな馬鹿な、の連続。見ていて痛快すぎて、怖いくらいだった。自分が生きたいように生きていく。口で言うのは容易いが、それを実現していくにはかなりのリスクが伴う。しかし、それを難なくクリアしていく彼女の痛快な生き方が羨ましい。


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1 コメント

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この力作っぷり (現象)
2007-02-04 22:36:25
コメントTB失礼します。
今まで男映画ばかり撮っていた印象があり、
阪本監督にとってかなりの冒険だったように僕も思いました。
しかしこの出来栄え。
素晴らしかったです。

>なんといっても、《ただ》の主婦である。そのただの主婦がただの主婦として生きていくのだ。こんなどうでもいいようなことを描き、それがこんなにドラマチックになること。この驚きは並ではない。

まさにそうですね。
宣伝の仕方も難しかったのか、
興行的には伸び悩んでいるように受け取れて残念ではありますが、
本作は多くの人に見てもらいたいです。
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