最初はあまり乗れなかった。短編連作かと思ったら6話からなる長編小説。富山から出てきた女の子、坂中真智(坂の中のまち)の大学生活が描かれる。東京に出て来た彼女は祖母の親友の家に下宿する。
祖母の親友である志桜里さんは実は本当の祖母だった、という衝撃の展開がさりげなく提示される。第1話で。志桜里さんが産んだ子どもを祖母夫婦が引き取って自分の子として育てたから。こんなまさかの話から始まり、坂のまちを舞台にした不思議物語はサラリとした幻のようなお話を展開させていく。
続く2話も幽霊の話(1話は幽霊女がやって来て一夜を一緒に過ごす話だった)でそんな話で連作かと思ったら実はそうじゃない。だいたいエイフクくんは幽霊ではなく実在したし、真智は彼と付き合うことになる。
ということで、これは全編、坂を巡るお話だし、やはり幽霊の話で、文豪の作品が毎回絡んでくるし。幽霊というけど実は幽霊みたいな、だけで、鞄男も亀掛川くんも幽霊ではない。
まるでこれはワンダーランド。各話はそれぞれまるで別のアプローチで描かれる。なのにそこには共通するものがある。これは坂と不思議を巡る冒険。安部公房や漱石,鴎外、江戸川乱歩に遠藤周作までが間接的に登場する。エイフクくんは台湾に行くし、コロナはちゃんとやって来る2019年から2020年の春までの物語。
いきなり終わる6話は漱石の『こころ』を思わせる展開だと彼女だけが思っている。あんな三角関係は掃いて捨てるほどある。だけどあの小説のヒロインであるお嬢さんは二人を死なせる。真智はエイフクくんも亀掛川くんももちろん死なさない。
親友のよしんばちゃんや泉さんとのエピソードもとてもいい。読み終えたあとには爽やかな気分になる。さりげなくその後を書いたエピローグもいい。年末にいい小説を読んだ。(もちろんこれが今年の終わりではない。まだ後10冊は読むから)