35歳、非正規の図書館員の女性が主人公。彼女の日々が綴られる。タイトルにある「ちやっけ」は犬の名前。髙森美由紀の新刊は移動図書館の話だが、利用者と司書の交流を描くハートウォーミングではない。いや体勢はそうなのだが、作品自体はそうなりきれていないのだ。そういうところが彼女の小説らしいところだ。いつもそうだが,安定が悪い、だから話になかなか乗り切れない。それは下手だから、で一蹴することも可能だけど、それだけでおしまいにはしたくない。そこが彼女の個性かもしれない。
今回も明らかに迷走している。3話まで来ても落ち着かない。(全体は4話までで280ページ中の200ページ近くまで来ているのに)3話で一人暮らしの50代頑固なオヤジの死が描かれる。『小さなおうち』という絵本を借りたまま返却しなかった。(死んでいたから)だからこれは利用者の話である。だけど彼の内実が描かれるわけではない。受け止める主人公の実の想いだけ。
これはあくまでも彼女の内面に寄り添っていく小説で、そこには仕事も犬も傍観者的な位置しか与えられない。そして話は最終章に至る。非正規雇用の不安定な待遇のまま移動図書館は閉鎖された。彼女は仕事を失って途方に暮れる。そんな展開を予想した。しかしそうとはならない。
これはよくあるお仕事小説ではない。そして愛犬との心温まるお話でもないことを改めて感じた。終盤の川口さん(体を悪くして辞職したこの移動図書館の前任者。もちろん非正規雇用)との会話がお話全体の帰着点になる。散歩も仕事のうち。
実さんはちやっけがいる日々の中で穏やかになる。お金ではない安心を得る。この作品が彼女の未来につながる。髙森さんのキャリアにとっても、ね。