
読みは当たった。第1話があんなにも面白かったから、もしかしたら、と心配してしまったのだ。そんな嫌な予感はいつも的中する。マイケル・マンから監督も変わってドラマはまるで別世界の様相を呈する。あの第1話の魅力はことごとく裏切られて欠陥になる。初めて日本の大手新聞社に入社したアメリカ人青年が東京の裏社会と向き合うという話をマイケル・マンは丁寧に描いた。
そんな第1話の魅力をことごとく反故にする。嘘っぽさでさえ魅力に変えていたのだが、2話以降はことごとくそれをつまらないものにした。あり得ない設定に辟易する。2、3話を見てこれ以上は時間のムダだと思っていたが見始めたから最後まで付き合うことにした。後半から息を吹き返すというパターンもある。新人記者がこんなことあり得ないと思う展開を逆手に取って、まさかの展開を武器にして荒唐無稽から話を引っ張っていくというのはアリだろう。
だが,そんな期待も虚しく、まるでダメなままラストに至る。いや、それどころかラストには至らないまま、途中で終わる。それこそあり得ないことだ。ここまでダラダラ引っ張ってあれはない。
ヤクザの抗争ものなら東映映画が今まで何百本も作ってきた。ハリウッドだって健さんを呼んできて70年代に『ザ・ヤクザ』なんていう映画を作った。だからこそ、これはマイケル・マンの『ヒート』に匹敵する映画になるべきだったのだ。彼がこれを映画として自分で監督していたならこんなことにはならなかっただろう。
あまりに悲惨なドラマだった。不思議の国ニッボンにやって来たアメリカ人というフォーマットでも構わないから、せめて一本筋の通ったドラマに仕立てて欲しかった。アメリカ人の見た90年代の東京。それだけでもいい。杜撰な話をダラダラ見せて結末さえ保留する。8時間のムダ遣い。シーズン2はもちろん見ない。