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映画・演劇のレビュー

畑野智美『大人になったら、』

2020-06-26 20:03:42 | その他

35歳の女性が主人公。カフェ店員をしている。チェーン店の副店長。10年間付き合った男と別れてから7年間、恋人はいない。高校時代からの付き合いで、ずっと好きだったのに振られた。仕事は順調で、でも、なんだか寂しい。友だちはいる。2人。高校時代からの付き合い。男と女。このふたりと別れた彼と4人で、いつもつるんでいた。今はこの3人で、よく会う。酒を飲んで愚痴を言う。もちろん、他にも友だちはいるけど、みんな結婚して疎遠になっている。

普通じゃない恋愛をしていたのかもしれない。たったひとりの男性に執着した。だけど、彼から振られて、その彼は1年後には別の女性と結婚して、もう彼の顔も忘れてしまったのに、恋愛に臆病。というか、恋愛に執着しない。仕事一筋というわけでもない。もちろん、仕事は好きだけど。このまま、人生が終わるのかというと、それは少し寂しい。40歳までには結婚して子供も産みたいと、親友は言うけど、一応同意もするけど、それも、なんだか違う。

そんな女性の日々のスケッチ。それがなんだかとてもここちよい。彼女がもう子供ではないけど、まだ大人ではないから、その微妙さにとてもドキドキさせられる。このタイトルが実に示唆的で、十分大人であるはずの彼女の中にある子供の部分が、とてもいい。恋愛の奥手というのではない。ふつうに生きている。出会いがないわけでもないけど、だけど、なんか、なぁ、と思う。

自分もまた、彼女と同じで大人ではない。60歳になったのに、自分がおとなではないなぁ、と思う。幼いとかいうのとは違う。人間として何かが足りない。それがなくては大人だとは言えない「何か」だ。それをうまく説明できないのだけど、何かが足りないことは事実で、でも、その足りない部分があるから、自分は自分らしいと思ったり、反対に情けなかったり。生涯妻だけを愛す、なんていうのとは違うけど、恋愛は苦手だし、人と深く付き合いたくはない。だから、誰とも付き合えない。仕事は大好きだったから、仕事だけをしてきた。それ以外のことはまるでやらない。そんなふうにして定年までを過ごした。そして、今もまだ同じ仕事をしている。まだ、この仕事から卒業できない。でも、なんだか疲れてしまった。そんな気分の今、この小説はなぜか、とても心に沁みた。彼女の感じる気持ちがなぜだかわかる気がするのだ。勇気がなくて、店長試験を受けれなかった。今まで、2度落ちている。もう自信がない。それは試験のシステムのせいだけど、それだけとは言い切れない。自分の弱さもある。

実は、最近、気になる男性がいる。彼と付き合いたい、というわけではない。彼女の店の常連さんだ。ずっと毎日通ってくれている。自分の気持ちがよくわからない。だから彼との距離を詰められない。それはお互い様だ。もどかしい恋愛、というのではない。ふたりは恋愛以前の状態だ。彼がいたから店長昇進試験を受けた。そして合格する。でも、ふたりの恋愛は進行しない。やがて、別れることになる。

ラストの決断も、微妙だ。店長として札幌に行く。東京から離れて、ひとりで知らない町で暮らすことになる。新しい人生の旅立ち。店長試験に合格しても変わらない。店長に昇進して、遠くに行く決断をしても変わらない。人間はそうそう変われるものではない。でも、彼女は自然体で変わった。だからラストの再会も、納得する。ただのハッピーエンドではない。彼女が引き寄せた。大人になるってどういうことだろうか。年齢を重ねるとなれるというものでもない。何が大人で何が子供か、なんてよくわからないけど、どこかで、僕だって、大人になりたいと思う。


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