習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

桂望実『地獄の底で見たものは』

2024-12-05 08:13:00 | その他

この凄まじいタイトルからはホラー小説を思わせるけど、桂望実だからそれはない。地獄というのは、50代で仕事をクビになる女たちを描いた作品だからだ。4話からなる連作。

 
とても面白い。エンタメ小説として満点のドラマ運びを見せてくれる。地獄のような状況に陥るが、そこから一発大逆転というパターンは気持ちいい。最初は53歳専業主婦が離婚から再び働き出し輝く話。次は51歳会社員が仕事をクビになり起業する。地獄の底で思いもしなかった光を見る、という話である。痛快。
 
しかし3話目に入ってタッチがいささか変化する。これはアスリートの話。というか、水泳のコーチが主人公だ。46歳の彼女がオリンピック目指して指導していた選手に逃げられる。失意の彼女は大学院に入りコーチングを改めて学ぶ。そんな彼女のもとに糖尿病を患いつつも泳ぐ大学生の選手のコーチ依頼がなされる。これはそれまでの勧善懲悪パターンとは明らかに一線を異にする。今までのコメディタッチではなく、シリアス。戦う相手はこれまでの自分である。しかもパートナーになるのは大学生の男の子。
 
実はここからが本番だった。最終話は22年パーソナリティを務めたラジオ番組をいきなりクビにさせられる話。無職で、当然無収入になる。夫も自由業(作家)だから夫婦で収入ゼロに。仕方ないから、たまたまボイストレーナーに。女性だということだけで理不尽な目に合っている人たちと出会い話し方を教えることで彼女たちが戦う術を身につける手助けをする。
 
この「彼女たちが」というところが肝になる。これは男たちに理不尽な立場に追い込まれた女たちの戦いのドラマだったのだ。地獄を作ったのはくだらない男たちで、彼らを絶対許さないという対応がさりげなく盛り込まれてあるのが隠し味になっている。派遣、フリーランスに対する使い捨て扱いにも挑んでいく。これは単なるエンタメ小説なんかじゃない。(3話の青年だけでなく、男=クズではなく、まともな男たちも出てきます)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『雨の中の慾情』 | トップ | 『推しの子』⑤~⑥ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。