習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『悲しみが乾くまで』

2009-04-30 23:05:31 | 映画
 スサンネ・ピアがデンマークからアメリカに進出した記念すべき第1作。彼女のように作家性が前面に出た人がハリウッドで仕事をするのは難しい。なのに彼女は本国と同じスタンスの映画作りをしている。サム・メンデスがプロデュサーとして付いているから彼女のスタイルはきちんと守られたのであろう。主役を務めたハル・ベリーとベニチオ・デル・トロがすばらしい。ストーリー自体は単純だが、ここに提示されたひとつの状況をきちんとみつめ続ける。

 突然の事故で夫を失った妻と2人の子供たち。彼女はこの現実をとても受けとめられない。だが、子供たちを抱えて凛と生きていこうとする。夫の親友で薬物中毒になっていた男を家に住まわせる。夫は彼が更生するのを助けていた。妻子よりもこの親友のことを大事にしていたのではないかと思えるほどに。彼女はそんな彼に嫉妬していた。だが、彼の弱さと優しさに触れるうちに少しずつ彼に心を開いていく。夫の変わりとして彼を受け入れるわけではない。夫の代わりなんか誰にも出来ない。少しずつ自分の心の隙間を彼によって埋めていく。そんな自分の弱さを歯がゆく思う気持ちももちろんないわけではないが、今は彼を突き放す余裕がない。子供たちも彼に馴染んでいく。彼は親友である彼女の死んだ夫の身代わりにはなれない。自分の弱さを彼女が包み込んでくれることを静かに受け入れる。2人をつないでいる死者の幻を通して彼らはお互いにもたれあい、なんとか生きていこうとする。そんなふたりが痛ましい。

 こうしてストーリーを書いていくと、とても甘いメロドラマのようにも見えるだろう。しかし、実際の映画はそんなわけではない。ハリウッドスタイルから遠く離れたとても厳しい映画になっている。弱さを抱えながらも最後の一線ではもたれあうのではなく、きちんとラインを引いてお互いのことを守ろうとする。壊れてしまいそうなガラスの心を持っているから彼らは必死になって自分を持ちこたえさせるために身を固くしてそこに佇んでいる。監督は今にもボキッと折れそうな2人の男女の姿を終始静かに見つめ続ける。その結果従来のアメリカ映画としては異質の作品がここに誕生した。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 唐組『黒手帳に頬紅を』 | トップ | 豊島ミホ『純情エレジー』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。