やわらかな雨が降っている。 人のこころにも、 若い緑にもやさしく降りかかる春の雨。
我が背子が衣はる雨ふるごとに野べの緑ぞいろまさりける 紀貫之
ひと雨ごとにかわる季節、 うつろいをこまやかな眼でとらえたことば。 春の雨に注目した。
以下に、 「雨の名前」 高橋順子より引用する。
木の芽雨 コノメアメ 春、木の芽どきに降る雨で、その成長を助ける雨。木の芽が柔らかくふくらむことを「木の芽張る」という。
霞たち木の芽はる雨きのふまでふる野の若菜けさは摘みてん 藤原定家
育花雨イクカウ。 梅若の涙雨… 謡曲「隅田川」の主人公梅若の忌日とされる陰暦3月15日に降る雨のこと。 春雨ハルサメ。 雪解雨ユキゲアメ。
甘雨カンウ、 膏雨コウウ …「膏」はうるおう意。慈雨 など呼ぶ。草木にやわらかく降りそそぐ、烟ケブるような春の雨。
杏花雨キョウカウ…杏の花が咲く頃に。 草の雨、山野に萌える草たちにけむるように降りそそぐ。 紅の雨、つつじ、しゃくなげ、桃や杏などに時をかさねて降る雨。
春雨シュンウ… 冬が明けて心身ともに弾むころ降る雨。 桜の頃には花時雨、 花の雨。
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美しい雨のなまえ、 季節それぞれ風情もちがう。 雨の大きさ、強さ、色、匂い、時間。 情緒たっぷりですてきな呼び名には、 こまやかな眼差しがうかがえた。 このほかにも土地柄でついた名前などたくさんあった。
少しの雨なら傘などいらない。 熱い心でぬれて歩こう。
暗くなって街灯のもとで気づく。 セーターのうぶ毛のような一本一本に、 小さな小さな雨粒がひかっていた。 どきどきした。
春の雨はせつない思い出までつれてくる。