一度見たらぜったい忘れない顔、 とびきり個性的な自画像にくぎづけになる。強い意志の現れは一文字の眉だ。 いかなる困難も直視する、おそれを知らぬ大きな瞳。 Frida Kahlo フリーダ・カーロ。 メキシコが生んだ情熱的、伝説的女性画家。
おどろくようなユニークさと豊かであかるい色彩。 その烈しさについていけない絵もあるが、 数ある彼女の自画像の中でも リベーラに見せる最初のこの絵は好きだ。
光沢のある黒い上着、 衿の刺繍は赤で繊細、 彼女の息づかいがする。 痛々しいつよさばかりが目立っていたけれど、 ちがう一面が見えてほっとする。 暗いバックの波のような雲のようなうねり、これも効果的、 個性が際だってくる。
浮かび上がる肌色、その分量、 手の位置も。 バランスがいい。
彼女の視線を感じ、 緊張しながら見ていたが、 いつしかファンになってしまった。 ただこの一枚だけで…
これは 1926年に描いた初の自画像だろうか。
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溌剌とした少女が、18歳のときバスの事故で、瀕死の重傷を負う。 鎖骨、肋骨、脊椎、骨盤がくだけ、右足は潰れ、人生が一変する。 30数回におよぶ手術をくり返しながら、革命に揺れる当時のメキシコ社交界にあでやかに輝き、イサム・ノグチやトロツキーなどと親交を結ぶ。
1939年のパリ個展で、カンディンスキーは心打たれ涙を流したとか、 ピカソが掌の形をしたイヤリングをフリーダに贈ったこともある。 ファッション・デザイナーのスキャバレリもフリーダに会い、作品や色彩に魅了され、やがてショッキング・ピンクと名付けた色を生みだしたと言われる。
安静を命じられていたが、最後の個展は、会場までベッドに横たわったまま運ばれた。 その一枚には 「ビバ・ラ・ビダ 生命万歳!」 と記されていた。
2003年8月、 彼女の生家を映画でみた。 忠実に再現されているらしい。 壁の色や、 家具やテーブルの花、 民族衣装のセンス、 いきいきと魅力的。 メキシコの風が心地いい。
彼女はベッドのうえで描きつづけた。
最近、世界遺産の番組で メキシコ国立宮殿の大壁画を映していた。 作者はディエゴ ・ リベーラ。 象と鳩の結婚のようだといわれたフリーダの夫である。
彼がフリーダの個展について知人に宛てた手紙の、 印象的な一節が胸を打つ。
「夫としてではなく、 彼女の作品を心から崇拝する者として あなたにフリーダを推薦します。 その作品は辛辣にして優美、 鋼のごとく硬直で蝶の羽のように繊細かつ気高く、 輝く笑顔のように愛らしく生きることの苦しみを映して 奥深く冷酷です」
フリーダ・カーロ 引き裂かれた自画像 堀尾真紀子著 中公文庫
写真:映画パンフレットより