鹿 村野四郎
鹿は 森のはずれの
夕日の中に じっと立っていた
彼は知っていた
小さい額が狙われているのを
けれども 彼に
どうすることが出来ただろう
彼は すんなり立って
村の方を見ていた
生きる時間が黄金のように光る
彼の棲家である
大きい森の夜を背景にして
-☆-
ニュースを聴いて 涙が止まらない
そして この詩が浮かんだ
はじめて読んだ日 今生きているということ
命の一瞬 一瞬の耀き 鹿も ひとも…
人生は たった一度 ……
鹿のうるんだ瞳を思ってしまいます。不条理に死を迎えねばならない一瞬の緊張が、何故か美しく崇高なものとして身に迫ります。
死の尊厳を思うからでしょうか。この詩一つだけで村野四郎は確固とした位置を保っています。
はじめて読んだのは6年前。それまで詩人を知りませんでした。
以来「生きる時間が黄金のように光る」心を突き動かすこの一行を忘れることはなく。鈍化した心に強い衝撃を受けました。
「遠いこえ」の「私は目だたずに實をむすぶ」や「枯草のなかで」の「永遠が雲の形をしてうかんでいる」など。
この詩を若い時に、たとえば高校生の頃に読んだとしたら、どのように感じられたでしょう。深くみつめられる今を、仕合わせに思いました。