想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

一番素直だったころ

2011-04-06 10:57:13 | Weblog

10歳のわたくし。
一番素直だった頃、そしてまた素直を失う下り坂に足をかけた頃。

その小さなわたくしを、おぼえているのはわたし自身であった。
先生についた嘘。
ごまかしはそのままとがめを受けずに済んだ。
あれから数十年、嘘の刺がささったままである。

ときどき、その痛みが情景とともに思い出された。
唐突に、それはやってきて、からだを固くさせる。
とりかえしのつかない悲しみに打たれるわたしを嘲笑って、消えるのだった。

ある日、故郷の姉から知らせが届いた。
H先生に会いました、ご病気ではありますが‥、あなたのことばかり
憶えておいでで、わたしの話など少しも出てこなくてがっかりだったけど
あなたはとてもかわいがられていたんですね。

先生の名が時を超え、はっきりと目の前に現れ、小さな10歳の女の子に
なってしまったわたしは、滂沱の涙。
なぜ涙が出てくるのだろうか、と思ったりする歳をとった女も少しいて
涙はしばらくして止まった。

生きているとは思わなかった。
取り返しがつかないと思っていた。
あの子はとてもいい子、あの子はわたしを慕ってくれて、泣いて引き止めて
くれたのよ、と先生は言ったのだった。

年々、胸にささった刺が太くなって、悲しみも深くなっていたのは
先生がわたしを叱らなかったからだった。
叱らずに、やさしくやさしくやさしく。
わたしは先生に抱かれていたのだった。

素直だった10歳の女の子を先生は憶えていらっしゃるのだった。
「どうしているのかしら?いま‥。
なんにもしてあげられない、わたしはこんなになってしまって‥」
そうおっしゃったのよ、教師なのね、いつまでも。姉が伝えた言葉が
さらにわたしを打って、刺は輪郭を無くすほどに広がる。
もうわたし自身が刺になってしまったようで、あの教室の隅の情景が
ぼんやりとかすれていくのだった。




コメント
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