家へ帰れない人たちの楽しみにと、高校生の吹奏楽部が
慰問演奏に来ていた。しかしいるはずの人の多くは
風呂へ行ったり、片付けに出たりで閑散としている。
それでも吹奏楽部は音出しの練習をして、人々が帰って
くるのを待っていた。
帰ってくる場所、ではない。
けれども、行くところ、がない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/7d/d8075a40789ffbcfd5b63490fa8e101c.jpg)
白河市中央体育館には白河市内在住の被災者と浪江町
から避難してきた方々百余名がおられた。すでに会津
の受入れ先へ移動した方もいるので体育館内はブルー
シートの空きが目立った。
先月までは布団と衣類と人で埋め尽くされていたブルー
が見えている今が、良くなったと言えるのかどうか…、
何が変わったともいえないのが現状である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/40/cde1ab7e816c2f982ac4fde58cd1cdc7.jpg)
どうしたらいいかと思案に暮れる大人をよそにお菓子を
パクつく女の子たち。撮らないでよ、撮ってよ、あたし
が前よー、と元気がいい。笑顔だった。
おしゃべり、ずっとしていた。
救われたのはこっち側である。でも子どもとて何も知ら
ないわけでもないのを感じる。子どもの力はわからない
でいられることなんだろう。それに大人は救われる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/99/0bef33ab18c40e22f3d9b257d1f930e8.jpg)
支援物資を届けに行くと衣類は要らないといわれたが、
よく確かめてみると、管理にあたっている人の意見であり、
被災の当事者たちは欲しいし必要であることがわかった。
特に着の身着のままで逃げてきた浪江町(その他原発
から避難の人々)の人にとって無い無いづくしだった。
古着も集めて頂いたんです、要らないと言った人はたぶん
言葉がちょっと足りなかっただけで…とフォローした人。
何を話ししても頭を下げられる。
近くまで行って耳を傾けないかぎり聞こえない声、今は
それを聞くときなのだと思う。
私たちは古着ではなく新品を届けているが要らないと何度
も言われ、要る人を捜し歩いたのだった。
(註:古着はボロという意味ではないので)
今回も支援でいただいた菓子類が非常に喜ばれた。
宇都宮の宮司さんが尽力下さったラスクと日光の老舗
ひしやの羊羹はどこも大好評で、おおおっとどよめき
笑いがこぼれる。
付添いの人に駄菓子の袋をあけてもらい行儀よく待つ
子たち。大人もお茶だけよりおやつはありがたい。
必要最低の物資や食物を配るだけで足りるとする官の
考えは、人が生きて暮らすということと隔たりがある、
実際に足を運べばいつもそう思うのであった。
誰だってどこだって、同じだ。
自分が欲しいものは人も欲しい。
自分がうれしいものは人もうれしい、単純、素直なら
わかるんじゃないか?ちょっとした想像力で。
果物はないな、ずっと食べていないみたいだな…、
そうだ、缶詰ならどうにかなるだろう。ミカン缶、
杏仁缶、桃缶、いろいろあるけど同じ物を持ち寄りで
集めれば箱いっぱいになるだろ、とりあえずどれで
行く? 帰りの車の中でカメがそう言った。
う~ん、まずはミカンから行きましょう、一番手に
入りやすいから。そう言ったうさこは戻ってすぐに
メールリストで手配した。
次回はミカン缶詰1個、杏仁入り豆缶1個、合計2個
持ち寄りであーるよ、と。
今日の森は野鳥がよくさえずっていた。
ひさしぶりだった。窓を開け、鳥の声を聞いたのは。
慰問演奏に来ていた。しかしいるはずの人の多くは
風呂へ行ったり、片付けに出たりで閑散としている。
それでも吹奏楽部は音出しの練習をして、人々が帰って
くるのを待っていた。
帰ってくる場所、ではない。
けれども、行くところ、がない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/7d/d8075a40789ffbcfd5b63490fa8e101c.jpg)
白河市中央体育館には白河市内在住の被災者と浪江町
から避難してきた方々百余名がおられた。すでに会津
の受入れ先へ移動した方もいるので体育館内はブルー
シートの空きが目立った。
先月までは布団と衣類と人で埋め尽くされていたブルー
が見えている今が、良くなったと言えるのかどうか…、
何が変わったともいえないのが現状である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/40/cde1ab7e816c2f982ac4fde58cd1cdc7.jpg)
どうしたらいいかと思案に暮れる大人をよそにお菓子を
パクつく女の子たち。撮らないでよ、撮ってよ、あたし
が前よー、と元気がいい。笑顔だった。
おしゃべり、ずっとしていた。
救われたのはこっち側である。でも子どもとて何も知ら
ないわけでもないのを感じる。子どもの力はわからない
でいられることなんだろう。それに大人は救われる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/99/0bef33ab18c40e22f3d9b257d1f930e8.jpg)
支援物資を届けに行くと衣類は要らないといわれたが、
よく確かめてみると、管理にあたっている人の意見であり、
被災の当事者たちは欲しいし必要であることがわかった。
特に着の身着のままで逃げてきた浪江町(その他原発
から避難の人々)の人にとって無い無いづくしだった。
古着も集めて頂いたんです、要らないと言った人はたぶん
言葉がちょっと足りなかっただけで…とフォローした人。
何を話ししても頭を下げられる。
近くまで行って耳を傾けないかぎり聞こえない声、今は
それを聞くときなのだと思う。
私たちは古着ではなく新品を届けているが要らないと何度
も言われ、要る人を捜し歩いたのだった。
(註:古着はボロという意味ではないので)
今回も支援でいただいた菓子類が非常に喜ばれた。
宇都宮の宮司さんが尽力下さったラスクと日光の老舗
ひしやの羊羹はどこも大好評で、おおおっとどよめき
笑いがこぼれる。
付添いの人に駄菓子の袋をあけてもらい行儀よく待つ
子たち。大人もお茶だけよりおやつはありがたい。
必要最低の物資や食物を配るだけで足りるとする官の
考えは、人が生きて暮らすということと隔たりがある、
実際に足を運べばいつもそう思うのであった。
誰だってどこだって、同じだ。
自分が欲しいものは人も欲しい。
自分がうれしいものは人もうれしい、単純、素直なら
わかるんじゃないか?ちょっとした想像力で。
果物はないな、ずっと食べていないみたいだな…、
そうだ、缶詰ならどうにかなるだろう。ミカン缶、
杏仁缶、桃缶、いろいろあるけど同じ物を持ち寄りで
集めれば箱いっぱいになるだろ、とりあえずどれで
行く? 帰りの車の中でカメがそう言った。
う~ん、まずはミカンから行きましょう、一番手に
入りやすいから。そう言ったうさこは戻ってすぐに
メールリストで手配した。
次回はミカン缶詰1個、杏仁入り豆缶1個、合計2個
持ち寄りであーるよ、と。
今日の森は野鳥がよくさえずっていた。
ひさしぶりだった。窓を開け、鳥の声を聞いたのは。