心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

暑い夏に想う

2012-07-29 09:02:00 | Weblog
 夏、夏、夏。夏真っ盛りです。熱帯夜から解放され、いくらか空気が肌にやさしく感じる朝、蝉の大合唱で目覚める、そんな贅沢な時間を過ごしています。でも、これもわずかな時間です。日中の暑さを思わせるように、温度計は徐々に上昇のピッチを上げています。

 夏の風景で、昔と異なるのは何か。それは遊びに興じる子供たちの声ではないでしょうか。大きな声で友を呼び合う声を、最近とんと聞かなくなりました。先日、職場に出勤すると、暑い夏にもかかわらず、一棟の改造工事が進んでいました。すると、蝉時雨の中で、どこからともなくラジオ体操の音楽が聞こえてきます。そう、作業前の準備体操です。額に流れる汗を感じながら、なんとなく古き良き時代の夏の朝を思い出しました。
 きょうは、セヴラック・ピアノ作品集「ひまわりの海」を舘野泉さんの演奏で聞きながらブログを更新しています。この曲、1枚目のCDは「大地の歌(七部からなる農事詩)」から始まります。序曲:大地の魂、耕作、種蒔き、間奏曲:夜のおとぎ話、雹、刈り入れ時、エピローグ:婚礼の日、と続きます。次は「ランドグッド地方にて」。祭りの日の畑屋敷をさして、沼で夕べに、牧場における乗馬、春の墓地のひと隅、農家の市の日。...南仏の丘に広がるひまわり畑の写真を眺めながら、まだ見ぬ世界を彷徨います。これだけで、心の中に涼しさを感じるのですから、私も単純なものです。

 先週は、日曜日から水曜日まで広島にいました。もめごとの処理や、知恵の結集への取り組みやら、.......。そうそう、50名ほどの方々と意見交換会を催したときのこと、話の成り行きですが、なんと先週ご紹介した「生きている」と「生きる」のことをご紹介することになってしまいました。何かしら利害が交差して、物事を難しくしていることが、最近よく目につきます。でも、冷静になって考えてみれば、事を難しくしているのは、隘路から抜け出すことができずイライラしている私たち一人ひとりかもしれません。いったん、子供の頃に戻って、穢れのない、もっと純真な心でものごとを見つめれば、なにかしら新しい展開がみえてくるかも。さあて、暑い暑い夏。もうひとふんばりしますか。ここにきて、8月の状況がやっと見えてきましたので、62歳を迎える今夏は家内と北海道は礼文島界隈を旅してみる予定です。

 そうそう、きのうの土曜日は、朝、長女が孫君とその弟君と連れてやってきました。弟君は生まれて初めて我が家を訪れました。もう3カ月です。首もほぼ座ったようで、体重も生まれたときの三倍になりました。歩くことができるまでには、まだ10カ月ぐらいはかかるのでしょうか。動物と違ってヒトの赤ちゃんは成長がゆったりしています。その分、親と子とは強い絆で結ばれていますが、昨今の三面記事をみているとあまりにも人間関係が希薄なのが気になっています。人と人の関係性が無機質に見えていけません。どうして、こんな世の中になったのでしょうか。
 今年は古事記が編纂されて1300年と言われます。八百万の神を敬う私たちの先人の心をもう一度垣間見てみることも大事なのかもしれません。共通の価値観が薄れつつある時代環境のなかで、農耕民族としての誇りを失った私たち、ヒトとヒトをつなぐ契約概念が元々弱いお国柄ですから、ネット社会に埋没して究極の個人主義に陥ってしまう落し穴が見え隠れします。どうなんでしょうか。

 きのうは、孫君たちと近所のレストランで昼食をいただいたあと、広島に向かいました。夕刻、広島駅に到着すると、なんと大変な人だかりです。マツダスタジアムで行われていたプロ野球が終わった時間、それに加えてこの日は「広島みなと夢花火大会」が催されるらしく、市電を待つ浴衣姿のお客さんが長蛇の列、というわけです。人の波に押し流されないように目的地に到着すると、帰りは大混雑を察して事前にタクシーを予約、なんとか最終の新幹線に間に合いました。
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「生きている」と「生きる」

2012-07-21 16:07:16 | Weblog
 きょう土曜休日の午後、職場に提出する履歴書用の写真を撮りに駅前の写真館にでかけたところ、途中でお天気が急転して雨が降り雷様のご登場となりました。梅雨があけたというのに、お天道様は気移りがしていけません。

 海の日の休日は午後から呉市に出かけました。夜の行事に出席してその日のうちに帰阪しましたが、最近はこんな移動にも慣れてきました。いつも通り余裕をみて現地には1時間早く到着したので、呉駅から徒歩10分のところにある大和ミュージアウムを見学しました。別名、呉市海事歴史科学館と言い、戦艦大和の10分の1の模型や零式艦上戦闘機、魚雷の数々が誇らしげに展示してありました。でも、もうひとつ感動がなかったのはなぜでしょう。国を守ることの大切さは重々承知しながら、大きな魚雷を見せられると、戦争と平和の在り様を考えざるを得ませんでした。人の争いに終わりはないのでしょうか。

 さて、先日、職場の近くにある眼科に行きました。定期健康診断で要精検の指摘を受けたからです。夕刻少し早めに職場を出て病院をのぞくと、次々とお客さんがやってきます。どちらかと言えば高齢の方が多いものの、眼を患っている方が意外と多いことに驚きました。
 いよいよ診療室へ。スリットM、屈折、矯正視力、精密眼圧、左右の静的量的視野の検査と続き、最後に眼底検査です。目薬を差して15分、もう一度目薬を差して15分、合計30分ほど待って、院長先生による検査が始まりました。そこで私は、初めて、自分の眼球の奥にある視神経乳頭部分を三次元画像で見ることになります。風景を画像として認識させてくれる視神経が集中しているこの部位を、私は生きているモノとして見つめたわけです。医療技術の進歩に驚きました。もし、もし、この部分が損傷していたら、私は外の景色を画像として認識できない、あるいは歪んで見えるのだろうと思います。診断の結果は「緑内障の形跡は認められず問題なし」。では健康診断の結果って一体なんだったんだろう。でも、たまにはこうして精密検査を受けるのもよいだろうと自分を納得させたものです。
 ちなみに、眼底検査のときに差した点滴は、筋肉を弛緩させるものだったようです、「検査後6時間ほどは焦点がぼけて見えますからお帰りの際はお気をつけて」と看護師さん。そうかなあと思いながら家路を急ぐと、いつもの夜道の街灯がなんだか変です。街灯の周囲に大きな光の円が見え、その周囲が七色に輝いてみえるではありませんか。あたりを見回してみると、なにやら幻想的な、不思議な風景が広がってみえます。人間ってほんとうに不思議な生物なんだと思いました。

 7-9月期のNHKラジオ「こころをよむ」シリーズは「最期まで自分らしく生きるために」です。講師の清水哲郎先生は、人の「いのち」を、「生物的な生命」と「物語られるいのち」に分けました。生物学を背景に医学の理論をもって患者と向き合う対象は「生物的な生命」、生活を構成する「私」を細分化して、把握された行為の一つ一つに意味を与え、また生活全体に意味を与える、言い換えれば私の「生」について物語を創る、これを「物語られるいのち」であるとして、両者を明確に区分します。「生きている」と「生きる」の違いでもあります。
 ならば、視神経乳頭部がきちんと機能して外界を画像として認識できる生命のシステム、これは私の「生物的な生命」であり「生きている」証左なんでしょう。これに対して、人と交わり、互いに影響を受けながら我が人生を歩んでいく、これは過去・現在・未来と連なる私の「物語れるいのち」なんでしょうか。
 こう考えると、「いのち」という言葉の定義は、見方によってずいぶん違います。「いのち」に寄り添うと一言で言っても、「生きている」患者に寄り添うことと、「生きる」患者に寄り添うことは違います。前者には医学の理論が必要でしょう。でも、後者に必要なものは何なのか。それは、「こころ」なのかも知れません。
 小さな街の眼科、でもこの眼科はネットで調べてみると結構評判の病院でした。院長先生のほかに検査を担当する人がいます。小さな病院でも精密な電子医療機器が並びます。パソコンを操作する人がいて、機器を調整する人がいます。患者(私)の心を和ませようと声をかけてくれる看護師さんがいます。診療室にいた1時間ばかりの間、私はそうした方々の動きを追いながら、この方々が「生きている」患者と「生きる」患者にチームで寄り添っている、そんな感じがしました。医療に従事される方々の献身的な働きに頭が下がります。
 このブログに「心の風景」と命名して何年が経つんでしょうか。複雑化する時代環境に翻弄される私たちには、改めて「こころ」が問われているのかもしれません。明日の日曜日から広島にでかけるため、今回は土曜休日のブログ更新となりました。どんよりとした空を眺めながら、久しぶりに舘野泉さんのピアノを聴きながら。



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健康の通信簿

2012-07-15 08:22:13 | Weblog
 未だかって経験したことのない大雨。九州地方の水害の痛ましさは想像を絶するものがあります。大分、熊本と言えば、昨年の夏、家内とささやかな旅をした所。竹田やら耶馬溪やら阿蘇やら高千穂やら、...。まさに歩いたその場所が直撃されました。自然に対して人間のいかに非力なことか。3.11以来、私たちは自然との新たな関係に頭を悩ませています。
 昨日は、スダチの木枝に孵化したばかりの蝉を見つけました。蝉さんも梅雨明けを心待ちにしているんでしょう。でも、まだ元気な声は聞こえてきません。久しぶりに熱帯魚の水槽も掃除しました。次々と子供が生まれ、あっという間に大所帯になったプラティ一家ですが、水槽の広さからすれば、そろそろ限界かも。出産ラッシュがひと段落したようですから、当面は水温の上昇に気をつけながら精一杯お世話をしていくことにしましょう。
 
 心身に負担をかける梅雨が明けるのも、あと僅かですが、先日、職場の医務室から健康診断結果通知書なるものをいただきました。年に一度の、健康通信簿です。この歳になると、何も指摘されないことの方がおかしく、今回初めて眼底検査のご指摘を受けました。暗闇のなかでレンズの一点を見つめているとバシッと強烈な光を照射される後味の悪い検査です。「要精検」のお印をいただきました。右眼「視神経乳頭陥凹拡大」とか。なんだろう??ネットで調べてみると、どうやら緑内障の疑いのようです。早期に発見して治療すれば問題ないが、放置しておくと「元の視力や視野には戻らず失明もある」という脅し文句。そういえば、父も高齢になって緑内障だといって点眼薬をさしていましたから、私もそういう年代になったということなんでしょう。きっと。
 他に要指導として心電図、要観察として肝機能や脂質などがありますが、こちらは常連さんです。脂質などは昨年、要精検のお印をいただきながら、今回は要観察にトーンダウンしていますから、受診時の状態にも左右されるのでしょう。でも、甘く見てはいけないのでしょうね。とりあえず今週、空いている時間に眼科だけは行っておこうと思います。

 先週は久しぶりに東京にもお出かけでした。仕事は午後のことだったので、いつもどおり朝早く出発すると東京駅に11時前に到着、その足で神保町に向かいました。滞在時間は30分が限度でしたから、近場の大雲堂書店さんに的を絞りました。手にしたのはフランツ・ヴィンツィンガー著「デューラー」(前川誠郎監修、永井繁樹訳)でした。デューラーとは、15、16世紀に活躍したドイツの画家です。彼の描いた自画像をドイツ留学中に見た姜尚中さんが大いに感銘を受け、そのことを姜尚中さんは「あなたは誰?私はここにいる」(集英社新書)のなかで紹介しています。遠くに近世がぼんやりとみえる中世の時代を生きたデューラーの、同時代の人々の風景と心を垣間見ることができます。

 さて、今日は孫君を呼んで我が家の菜園でジャガイモ掘りです。その孫君、一人で駅前からバスに乗ってやって来ると言っていますが、大丈夫かなあ。弟が出来てお兄ちゃんらしくなったのでしょうか。そして明日は、お休みの日なのに、夕刻に呉市で開かれる会合に出席するため日帰り出張です。こうして時空間を彷徨いながら、自らの立ち位置を確かめていく、そんな日々が続きます。
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赤ちゃんの笑顔に思う

2012-07-08 09:50:39 | Weblog
鬱陶しい梅雨の一週間でした。からっと晴れた暑さは、それなりに耐えることはできますが、ジメジメした空気はいただけません。必要以上に身体に負担がかかります。庭の草花もうんざりといった風情です。愛犬ゴンタも小屋の中で退屈そうです。....うっすらと青空がのぞいた今朝は、久しぶりにゴンタと朝のお散歩でした。
 今夏は、ここ関西圏でも節電が叫ばれています。湿度を別にすれば、今のところ過ごしやすいのですが、いずれ連日の熱帯夜に悩まされることになります。今のうちから身体を慣らしておきましょう。文明が進んで人間様は軟弱になってきていますから、ここらあたりでぴしっとメリハリをつけるのも健康には良いかもしれません。夜は網戸を閉めて窓を全開にして、夜風を少しでも室内に取り込みましょう。梅雨が明けたら、庭の打ち水は欠かせません。熱くなった地面や樹木や草花に水をかけてあげるだけで、夜の気温が数度下がります。昨年は途中で挫折してしまいましたが、今年はクーラー利用ゼロをめざします。

 さて、先日、新大阪駅に向かう電車の中で、かわいい赤ちゃんに出会いました。席があいているのに立ったままのお母さんの胸に抱かれた10か月ほどの赤ちゃん。母親の胸のなかで幸せいっぱいの顔をして母親を見つめていました。ふと私の存在に気づいたのか、じっと私を見つめます。そして、にこりと笑ってくれました。その数秒後、彼はかわいい目を閉じて眠ってしまいました。この世に生を受けて、幸せいっぱいの表情に、何かしら心和むものがありました。
 「幸福」という言葉があります。広辞苑は「心が満ち足りていること。また、そのさま。しあわせ」と言います。岩波書店「語感の辞典」によれば、「生きている喜びをかみしめるほど心の満たされる精神状態をさして、会話にも文章にも使われる日常の基本的な漢語」とあります。
 言い古された言葉ですが、気になる言葉です。以前、古本屋で手にしたアランの「幸福論」(串田孫一、中村雄二郎訳)を、時々思いついたように紐解いてみることがありますが、いつの間にか眠ってしまいます。「続・悩む力」では、「幸福」「幸せ」という言葉の本来的意味が問われたりしています。果たして、幸せって何?単純にして深い言葉を前にして、立ちすくんでしまいます。でも、あの丸々と太ったかわいい赤ちゃんの笑顔は、幸せ以外の何物でもない。理屈ではないですね。仕事場に向かう前の気難しい顔をしていた私に、笑みを呼ぶ力。これ以上の幸せってありません。

 昨日から家内が長男君宅におじゃましています。1歳になろうという孫君とのご対面を楽しみに出発いたしました。一方の私は、先週に続いて夕刻から市内某ホテルで全国規模の懇親会がありました。夕刻までの中途半端な時間をどう過ごすか。考えているうちに、私の足は日本橋界隈のレコード店を向いていました。昨日は何軒かハシゴをして回りました。最後の一軒は、いかがわしいお店も入居している雑居ビルの一画。こんなビルに出入りしているところを知り合いに見られたら誤解されるなあ、と思いながら、それでも狭い入口を入って、小さなエレベーターに乗って2階へ。いったんお店の中に入るとそこは別世界です。さまざまなジャンルの中古レコードがずらり。音楽大好きな店員さんがいて、なんといっても商品を丁寧に取り扱っているお店です。しばし品定めをして楽しみました。
 そして夕刻、手を洗い、昼間の汗をふき、紙袋に入れてきた上着を着て、身だしなみを整える。空っぽになった紙袋の中にレコードを入れてホテルに直行です。クロークに紙袋を預けるやいなや、やあやあと人の輪の中に入っていく....。前日の会議で懸案事項を一歩前に動かすことができましたから、気分的に楽になったのかも。無欲恬淡。とりあえず幸せを感じた1日、ということにしておきましょう。
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電脳の中の「私」

2012-07-01 09:47:25 | Weblog
 梅雨の中休みでしょうか、昨日はなんとなく晴れ、そんな一日でした。朝、愛犬ゴンタの散歩を終えると、久しぶりに身体を洗ってあげました。若い頃とは異なり、毛並みもお爺さんっぽいのが妙に気になりました。そして迎えたきょう日曜日は、朝から雨です。音もなく降っています。パソコンに向かって、さあて今日のお題はと思うに浮かんできません。やむなくヤナーチェックの「シンフォニエッタ」を部屋中に響かせます。「1Q84」の余韻に浸りながら、宙に放り出されたような読後感が頭のなかでくるくる回っています。

 そうそう、昨日は所要のため午後から福山にお出かけでした。出がけに新大阪駅の書店で目に留まったのが姜尚中さんの「続・悩む力」(集英社新書)でした。ベストセラー嫌いの私が、昨秋、秋田に出張した際、駅前のジュンク堂書店で手にしたのが「悩む力」でした。その後「あなたは誰?私はここにいる」(集英社新書)にも目を通しました。氏のことは、NHKの日曜美術館の司会をされていたので、ぼんやりと知っていましたが、今日の時代環境のなかで徹底して「自己」「私」を見つめていく視点が妙に気になったものです。それ以上に、同時代性というのでしょうか。氏と同じ年に生まれ、大学では共に政治学を学び、ウェーバーに関心を抱いていたという共通点がありました。姜尚中さんは学者として、一方の私は一市民として生きてきたこれまでの歩みを、自らを振り返る。そんな思いを私のなかに芽生えさせてくれた、ということでしょうか。昨夜も最終の新幹線で帰阪しましたが、ずっと考えながらページをめくっていました。

 話はがらりと変わりますが、2週間前久しぶりにお休みをいただいた日曜日、家内のお伴をして近所のホームセンターに行きました。時間潰しに家電量販店を覗いていて、PCの本体(タワー)を衝動買いしてしまいました。以前のPCは5年前、孫君が生まれた日に日本橋で買った中古でしたから、改造に改造を重ねたものの、さすがに最近は時折苦しそうな音を出していました。最新の機能満載で5万円弱、私にとっては5号機目となります。これでやっと家内専用機と同じくWindows7になりました。以前は30万円前後していたPCがなんとこのお値段。びっくりです。
 一週間前の土曜日は、ソフトをインストールして、PC環境構築に汗をかきました。ところが根っからの素人です。メールの設定に手こずりました。PC本体のメール設定はなんら問題はなかったのですが、スマホのPCメールの調子が変。1日が終わると、その日に受信したメールがすべてなくなってしまうのです。PC本体に蓄積されているので支障がないと言えばないのですが、移動の多い私にとって手元のメールが一瞬にして消えてしまうのは悲劇です。ところが、一昨日の夜、PC本体のメールソフトを理屈がわからないままに弄っていたら、なんと、なんと夜になってもスマホのPCメールが消えないではありませんか。ひと安心しました。
 30年近く前、職場のパソコン研修でPL/1という恐ろしいプログラミング言語のお勉強をしました。理屈を理解しようとPCの玩具のようなもので遊んだりしましたが、その後ワードプロセッサーが普及して、そちらにシフト。慣れた頃に今度は一体型のPCが店先に並ぶようになりました。パソコン通信が流行りだす時期です。電話回線でニフティーにつながったときの感激は今でも覚えています。こうして私のパソコン生活は始まりました。今では家中に数台のPCが転がっていますが、プラットホームは1台に限定しています。移動中はiPadかスマホで十分です。
 歳をとってくると忘れ物が多くなって困ります。だから最近はEVERNOTEが頼りです。手軽に情報を見たりアップしたり。備忘録代わりです。ある種、私の頭脳の一部になっています。となると、「私」っていったい誰?ということになってしまいますが、PCで把握している「私」って、その気になっているだけで、実は薄っぺらいものなのかもしれません。このブログがまさにそうであるように。さきほどまで勇ましいことを言っていたのに、急に空虚感に包まれてしまう。どうなんでしょうね。
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