今朝は5時半頃ゴンタ爺さんに起こされたので、未だ薄暗い6時前に朝のお散歩に出かけました。空には星が輝き、人の往来のない街のなかで気持ちの良い汗を流しました。
ひと足早く年末年始休暇に入った私ですが、特に遠出の予定はありません。1年の締めくくりとしての心の安寧を貪りながら、明日はフェスティバルホールで大フィルの「第9」コンサート、その翌日は先行部隊として一人でやってくる孫長男君とお出かけ、大晦日になってやっと、1月に出産を控える長男一家を除く家族全員が集合です。またもや行き当たりばったりの休暇になりそうですが、今は孫長男君とどこに行こうかと思案中です。
そんなわけで、昨日今日と年末の大掃除の真っ最中です。でも、今秋、家のリフォームをしましたから、去年ほど大騒ぎするわけでもありません。合間をぬって、書棚の整理に汗を流しました。ここ数年仕事関係の本は大半を整理したはずなのに、今回もダンボールひと箱分を古本屋に送り届けます。綺麗になった書棚には、新刊書よりも古本が目立ちます。原点回帰?それとも単なる郷愁?私にもわかりません。
ところで、クリスマスの日に、知人の方から嬉しいプレゼントをいただきました。愛犬ゴンタの額縁付きイラストです。メッセージによると、このブログに掲載したいくつかの画像をもとに、アイオアにお住まいのイラストレーターの方に作成いただいたのだそうです。特にゴンタの眼の表情にはお気遣いをいただいたようですが、真っ白い紙に描かれたゴンタが私を見つめています。ありがとうございました。
そうですね。ゴンタの眼、大切です。私とゴンタは眼でコミュニケーションができます(笑)。その昔、母親から「犬の眼を見つめては駄目。噛まれるよ」と言われました。飼い犬といっても先祖は獣、いつ本性が現れるかわからない、そういうことを言いたかったんでしょうか。
でも、私はゴンタの眼を見つめてコミュニケーションをしてきました。小さい頃は、ゴンタの方が眼をそらしていました。そのうちゴンタもじっと私の眼を見つめるようになりました。優しく接するときも、厳しく躾けるときも、眼を見つめあって語りかけてきました。お互いに心のコミュニケーションができるようになりました。私がめげそうなときは励ましてくれました。ゴンタが体調が悪そうなときは、私に訴えかけてきました。背中を撫でてやると、安堵して眠りました。
人間関係に疑心暗鬼になりがちなご時勢、私にとってゴンタはセラピー犬なのかもしれません。一方のゴンタは、お気に入りの足拭きマットを枕がわりにお昼寝です。最近は、眠るのが楽しみのゴンタ爺さんです。
さて、2014年も残すところあと3日となりました。冬至を過ぎて、新しい年とともに徐々に昼の時間が長くなっていきます。窓の外に眼をやれば、石垣のてっぺんにユキヤナギの黄色い葉っぱが秋を惜しむかのように揺れています。落葉もまじかです。
今年もいろんな本を読みました。年の初めは能楽堂に通ったのを皮切りに、世阿弥の「風姿花伝」など能楽に関する本を数冊、仕事の変化でいったん仕事関係が増えましたが、夏の頃から中断していた塩野七生著「ローマ人の物語」を再開しました。二千年も前の出来事ですが、人の世の統治(ガバナンス)の難しさはいつの時代も変わりません。ここに宗教が絡んでくるとなお複雑になる。これが人の世なんでしょうか。この全集文庫もあと3冊を残すばかりとなりました。でも最近、また浮気心が頭を擡げます。
昨年、NHK大河ドラマ「八重の桜」に触発されて以後、明治維新前後の人の生き様に興味をもったのも楽しいことでした。ヴォーリズ満喜子の種まく日々を綴った玉岡かおる著「負けんとき」は「天涯の船」以来の圧巻でした。広島の古書店アカデミィ書店金座街本店で見つけた大庭みち子著「津田梅子」、四天王寺の古本まつりで見つけた小泉八雲著「日本瞥見記」、そして東京・神保町の澤口書店で見つけた新井恵美子著「岡倉天心物語」。日本の社会が大きく変わる時代に生きた先達たちの生き様、人間臭さのようなものを感じ取ることができました。船に乗って凡そ20日間をかけて渡米する時代のことです。
そして先日、近所の書店でNHKテレビテキスト「100分de名著」の2015年1月号をみると、なんと岡倉天心の「茶の本」がテーマでした。これに触発されて、私の読書遍歴は、当分、明治期に集中することでしょう。難しい専門書に眼を通す前に、著者の生き様に触れる。それによって専門書に記された言葉のひとつひとつが生きていることを実感します。紙に印字された文字から人となりが浮かび上がってきます。なんと楽しいことか。
そうそう、gooブログから届いた年末のご挨拶によると、10周年を迎えたのだと。ということは、ブログ「心の風景」もgooブログとともに歩いた10年だったことになります。
お決まりのご挨拶になってしまいますが、この拙いブログにご訪問いただいた方々に御礼を申し上げなければなりません。なんの意味もない初老の戯言にお付き合いをいただき、ほんとうにありがとうございました。皆様にとって来るべき2015年が素晴らしい年でありますように。では、良い年をお迎えください。