心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

幽玄の世界を戯れる

2013-12-29 08:57:45 | Weblog

 年末年始休暇に入りました。さっそく家中の窓拭きと庭掃除、そして私の部屋の掃除です。普段使わない筋肉を使ったためか、今朝起きると、身体の節々が悲鳴を上げています。恒例の本の整理、今年は段ボール1個を古書店に直送しました。昨年ずいぶん整理したので、仕事関係の本はほぼなくなり、気がついてみると、私の本棚には、ある種のテーマが見えてきたような気がしています。
  さて、先週月曜日の祝日は、大阪城の近くにある大槻能楽堂で、生まれて初めて「能」を観ました。曲目は「橋辨慶(はしべんけい)」「杜若(かきつばた)」「雷電(らいでん)」。その合間に、狂言「清水」と仕舞がありました。
 能舞台の正面2列目の席に座りました。午後2時30分に始まり、休憩時間もなくぶっ続けの3時間半。曲の間に出たり入ったりする客もちらほら。和服姿の方も散見されましたが、裃を着るのではなく気軽に能を楽しんでいらっしゃる、そんな雰囲気が気に入りました。 
 一曲目の「橋辨慶」。大鼓、小鼓、笛に謡の絶妙な掛け合い、そして足拍子。日本古来のリズム感というのでしょうか。昔、秋祭りで聞いたことがあるような、そんな懐かしささえ思わせました。そして、足袋を床につけながらゆっくり静かに進む演者の所作。日常とは異なる「時間」が、そこにはありました。舞台の牛若丸と武蔵坊辨慶の立居振舞を追いながら、あまりの心地よさに眠ってしまいそうでした。
 二曲目「杜若」。能面を被った「杜若ノ精」が登場すると、能面が醸し出す、まさに幽玄と思しき世界の虜になります。そして三曲目「雷電」では、筑紫大宰府へ左遷された菅丞相こと菅原道真の怨念と、それを鎮めようとする法性坊の法力との掛け合いが見ものです。不思議なことに、じっと能面を見つめていると、目が口が動いているように見える瞬間があります。そんなはずはないのですが、これが能の魅力なんでしょうか。ひとつの場面が終わると、演者は正面左側の「橋かがり」を通って姿を消します。すると、観客席から惜しみない拍手が送られます。
 能楽堂のサイトには、「能は演劇です。しかも現在でも演じられている、世界で一番古い舞台芸術なんです。1300年代にできたミュージカル。そうです、室町ミュージカルなのです」とあります。歌と踊りと音楽、そして物語。「能は難しいけど、単純な物語、そして奥はとっても深いのです」と。何気なく使った幽玄という言葉。広辞苑には、「能楽論で、強さ・硬さなどに対して、優雅で柔和典麗な美しさ。美女・美少年などに自然に備わっている幽玄も、卑賤な人物や鬼などを演じてさえ備わる高い幽玄もある」とありました。
 なんだか病みつきになりそうです。お隣の席の老夫婦はお正月にもお越しになるのだとか。ネットで調べてみると1月の公演のチケットはほぼ完売状態でした。根強い人気があるようです。昨夜は、本棚から白洲正子&多田富雄著「花供養」を手にとって眺めました。
 2013年という年もあと残すところ僅か。世間の騒々しさとは別に、そろそろ仕事人生の足を洗おうと思っている私にとっては、ある種達観した1年でもあったような気がします。
 平田オリザ著「わかりあえないことから~コミュニケーション能力とは何か」(講談社現代新書)で明けた2013年を振り返ってみると、生野銀山ウォークツアーは印象深いものがありました。南方熊楠顕彰会に入会したのも今年です。年末に送られてきたニュースレターには、BS朝日『ネイチャードキュメント ボクらの地球』~熊野古道から神々の道へ 知の巨人・南方熊楠の足跡を追って」の1月23日再放送のお知らせが掲載されていました。ブータン王国の国民総幸福度(GNH)、これも今年初めての出会いでした。その関連で京都大学こころの未来研究センターの存在を知ったのも収穫でした。来月にはセミナーを聴講する予定です。「こころ」「心」「心の風景」.....。部屋の掃除を終えて掲げたCanonの2014年カレンダー。テーマは「こころの道」でした。来年も、このブログを通じて拘っていこうと思います。

 さて、今日は長男一家がご帰還です。そこに長女一家が加わり、次男君も大晦日にはご帰還の予定とか。久々に総勢11人の大所帯になります。いっぱい美味しいお酒をいただいて、楽しいお正月を迎えることにいたしましょう。
 2014年、ブログ「心の風景」も、いよいよ10年目に入ります。初老の私が仕事に疲れ(?)、もう一人の私に話しかけてきただけの戯言にすぎないのに、たいへん多くの方々にお越しいただきました。ありがとうございました。それでは、皆様共々、2014年という年を、清々しい気持ちで迎えたいものです。どうか良いお年をお迎えください。

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師走の土曜休日

2013-12-21 23:32:28 | Weblog

 師走の土曜休日は、4人の孫たちにクリスマスプレゼントの品定めでした。事前に希望を聞いていたので、アマゾン、楽天と調べて、最後は送料無料で配達日をきちんと指定できたヨドバシカメラに発注しました。24日の夕刻に届きます。あとは、年賀状の住所データの点検、部屋の片づけ、水槽の掃除と、けっこう忙しない一日を過ごしました。そして夜になると、先日お米を送ってくれた出雲の姉に、久しぶりに長電話のお相手をしました。明日は、所用のため、日帰りで広島・呉市に出かけます。なので今は、ハイフェッツ奏でるシベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴きながらブログ更新を楽しんでいます。
 ところで、11月の下旬、ホームセンターにドッグフードを仕入れに行ったとき、椎茸のホダ木が積み上げてあったので、思わず2本買って帰りました。たっぷりと水を吸わせて庭の片隅に置いておきました。寒い季節だから、椎茸が顔を覗かせるのは来春かなあ、と思っていましたが、なんと、ホダ木の上部に、一個だけ椎茸の子供が頭を覗かせていました。楽しいですねえ。孫たちが集まるお正月までに大きくなってくれれば良いのですが....。
 師走の3連休、明日は仕事ですが、明後日の祝日に、実は初めて能楽堂に行きます。お能の世界は遠い遠い存在ですが、それでも白洲正子さんや小林秀雄、多田富雄先生の著書に触れていると、ごく自然に登場します。かつて同業他社だった京都の知人は、能面づくりのお家で、50代半ばで職を辞して以後、能面づくりに没頭しています。時々個展も開くほどの腕前です。それなのに、私はお能をじっくりと観たことがありません。今年は文楽を観る機会を逸したので、家内と相談して今年最後の「芸術鑑賞」にでかけることにしました。
 そんなわけで、本棚の隅から以前古本屋で見つけた日本の名随筆「能」(観世栄夫編)を探し出して、ぱらぱらとめくっています。明日は、これをもって呉に向かいます。
 話は変わりますが、来春ぴかぴかの小学1年生になる孫長男君が、先日、お母さんが使っていた机が欲しい、と言い出しました。30年ほど前に、長女が小学校に上がるとき、なんの飾り付けもないけれど、しっかりした机を選んで、長男のも併せて2台購入しました。しっかりした作りで、今思えば良い買い物をしたと思いますが、それに目をつけた孫君も、たいしたものです。孫次男君のも一緒に2台を届けます。  
 そうは言っても、30年前です。机の表面にはカッターを使っただろう小さな傷もちらほら。すると家内が、「私に任せておいて!」。数日後、ホームセンターで研磨工具を買ってきました。私が出張中、防塵マスクをして表面をきれいに仕上げたようです。今日は、いよいよ上塗り作業、ずいぶん見違えるようになりました。「母(祖母)は強し」。なかなかの出来栄えでした。もうひと塗りして、引出の取っ手を取り付けると完成なんだそうです。
 最近、学習机売り場に行くと、気が散るのではないかと思うほど飾りが一杯の、それは素晴らしい学習机がずらり並んでいます。でも、我が家は、このシンプルな机2台で子どもを育てました。それが今、2世代にわたって使われようとしています。孫君自身が満足しているんですから、楽しいことです。

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アナログからデジタルへ

2013-12-15 09:25:13 | Weblog

 昨夜、寝入りざまに震度3の地震がありました。そのあと眠れなくなって枕元の本をぱらぱらとめくっていましたが、歳をとったからでしょうか、今朝はきちんと5時に目が覚めました。まだ薄暗い街を愛犬ゴンタとお散歩にでかけ、家に帰る頃、やっと明るくなりました。それほどに日が短くなったということなんでしょう。あと一週間もすれば冬至を迎えます。
 さて、先週の日曜日は、孫君たちがやってきました。午前10時から始まる恒例の年末餅つき大会に参加するためです。年を追って参加者が増える町内会の一大イベントですが、今年は開門前から列ができました。
 まず、孫君たちは法被を着せてもらってお餅つき体験をしました。見よう見まねで杵を振り下ろす孫長男君、相方のお姉さんの所作が気になってしようがない孫次男君。その姿を懸命に撮影するお祖父さん。
  お餅つきが終わると、つきたてのお餅をいただく番です。黄粉餅、焼き餅、善哉、お雑煮と4つのテント前には既に長蛇の列ができていました。並んでは食べる、食べては並ぶ。そんな動作を何回か繰り返しているうちに、お腹一杯になりました。最後は子ども会の抽選会があって、孫長男君はめでたく3等賞(お菓子の詰め合わせ)をいただいて満足そうでした。
 そんな週の始まりでしたが、いよいよ忘年会シーズンの幕開けです。週の半ばには先週に続いてまたもや広島・流川界隈に出没です。最終の新幹線で帰阪すると午前零時を回っていました。この調子で今週、来週と佳境を迎えます。「送年会」「迎年会」などと言うお国もあるそうですが、2週間もすれば、確実に2013年という年が幕を閉じます。
 ところで、昨日の土曜休日は、またもUSBオーディオと睨めっこしていました。近くの本屋さんで立ち読みをしていると、WindowsXPよりもWindows7以降の方がオーディオ機能が強化されているらしいのです。そこで、Let's Note(Windows8.1)をベースに再構築してみました。再生ソフトも、DAC付属のソフトから、高音質で定番のフリーソフトfoobar2000に変更しました。マニアックなソフトのため十分に見通せていませんが、半日かけてとりあえずの再出発です。
 ものの本によれば、CDをリッピング、つまりCDの音楽データをPCのハードディスクに取り込んで、それをUSBオーディオで再生すると、CDプレーヤーでは人間の可聴帯域上限でカットされていた音が再生され、CDの音源を存分に引き出してくれるのだとか。理屈はともかく、グレン・グールドのピアノ曲を聴いてみると、その違いが良く判りました。グールドは、全身を使って、時々曲を口ずさみながら演奏する癖があります。それが微かながら鮮明に聴こえ、臨場感が広がります。
 PCに取り込む音楽ファイル形式も様々です。非圧縮、ロスレス(可逆圧縮)、ロッシ―(非可逆圧縮)に分類され、さらにいくつかの形式に分かれます。いずれも一長一短があるようですが、私はFLACを主体に、あとは用途に応じて他の形式に変換することにしました。2Tの外付けハードディスクを新調しましたので、時間を見つけては手許のCDを順次リッピングしていこうと思っています。リッピングの過程では、CDのタグ情報も入手できるため、ちょっとした音楽ライブラリーが完成します。CDを取り出して、セットして、といった操作が要らず、PCのファイルを探すのと同じ操作で選曲できるのも気に入りました。いずれLPレコードのデジタル化にも本格的に着手する予定ですが、さあて、こちらはリタイア後の作業になるかもしれません。

 これまで長くアナログに拘ってきた私が、ここに来てデジタルの魅力に惹かれてしまいました。まだまだ私の冒険、右往左往は続きますが、いい歳をして、お気軽なものです。

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遅まきながら京の紅葉を楽しむ

2013-12-08 08:41:18 | Weblog

 週末、夜の8時過ぎに広島の職場からタクシーに乗って駅に向かうと、運転手さんから「いつもご利用ありがとうございます」と、来年のカレンダーをいただきました。ティッシュをくれるタクシー会社は知っていますが、カレンダーをいただいたのは初めてでした。それも子犬の写真をあしらったものです。新年を迎えたら、部屋に飾っておきましょう。
 そんな師走の土曜休日、ぼんやりと庭を眺めていたら、モミジの紅葉があまりにも美しかったので、写真を1枚撮ってみました。ニシキギの下には黄色い葉っぱが覆い、紅葉も終盤を迎えています。
 とまあ、なんともお気軽な生活をしていますが、朝刊に目を通していると、家内が急に「今年は紅葉を見に行っていないから、これから京都に行こうか」と。「えっ、足は大丈夫?」「平坦な道ならなんとかなるから」と。でも、紅葉も終わりに近づいています。ネットで調べてみると、名所のほとんどが「落葉まじか」です。駅から歩いて行ける比較的平坦な場所。考えた挙句、祇園四条から歩いて10数分、建仁寺に行くことにしました。鎌倉時代に創建された、京都を代表する禅寺です。
 花見小路通りの突き当りにある建仁寺、北門から入りました。境内で数本の紅葉を見つけましたが、なんとなく味気なく残念に思いながら、本坊に向かいます。まずは風神雷図屏風を眺め、そして潮音庭へ。廊下を進むと、和室の向こうに紅葉輝く庭が見えました。急ぎ足で行ってみると、落葉まじかの木々に交じって、今は盛りと紅色に染まる紅葉を見つけました。観光客もまばらで、しばし畳の上に座り、見入ってしまいました。


 大雄苑の枯山水の前でひと休みしたあと、今度は法堂に向かいました。そこでは天井画「双龍図」を拝観しました。龍の天井絵は妙心寺、天龍寺でも見たことがありますが、なんとも不思議な世界です。
 ところで、建仁寺といえば、新島八重が晩年、禅の教えにも興味を持ち、当時の管長・竹田黙雷禅師を度々訪ねた禅寺です。そんな八重に「仏教に改宗したのでは」という噂が流れたそうですが、八重は「ひとつの宗教に籍を置いているからといって、他の宗教の方に話を聞いてはいけないということはないでしょう」と全く動じなかったとか。なにやら大河ドラマ「八重の桜」でお目にかかる八重さんを思い出します。

 この日、家内は少し痛いと言いながら、嬉しそうでした。建仁寺を出ると、少し無理をして八坂神社から知恩院をめざしました。さすがに徒歩では無理なので、三門前で無料バスに乗って境内にあがり、阿弥陀堂で今年最後のお参りをして帰りました。帰途、四条通りを歩くと、南座が顔見世興行の真っ最中でした。久しぶりに京の夜を楽しみました。
 なにやら年の瀬を感じさせますが、なんと知恩院・阿弥陀堂の境内に桜の花が咲いていました。なぜでしょうね。皆さん、代わる代わるカメラに収めていました。さて、今日は朝から町内会の「年末餅つき大会」です。それを知った孫君たち、黙ってはいません。朝からバスに乗ってやって来るそうです。

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人の幸せって何でしょう。

2013-12-01 09:54:59 | Weblog

  12月1日、師走を迎えました。愛犬ゴンタと朝の散歩にでかけると、丘の上のモミジが美しく紅葉していました。今秋は、家内が足を悪くしているため、遠出ができません。近場の木々を眺めて秋を感じる今日この頃です。
 週末の夕刻、大阪駅前のグランフロント大阪であった会合に出席した帰り道、「うめきた広場」に大勢の方々が集まっていたので、なんだろうと覗いてみると、GRAND WISH CHRISTMAS イルミネーションの点灯式が行われていました。時の早やさを思う反面、殺風景な都会の片隅に灯る温かい光が心に沁みます。
 こうしてぼんやりと一週間を振り返ってみると、先週はいろいろ気づきの多かった一週間だったような気がします。週の半ばには、若い頃から一緒に活動してきた広島の知人と久しぶりに一献傾けました。いつも手弁当で、大阪や東京や京都に気軽にやってきてはお勉強会の主役になる彼。私より2歳ほど年上ですが、まだまだ地元で現役続行中です。美味しい蛎料理のあとは、北新地を思わせる流川に繰り出します。とあるビルの4階にあるお店で仕切り直しですが、なんとママさんは彼の高校時代の同級生だとか。所々に旧友の名前がちらほら。末期癌の友人のことを心配そうに話していました。
 そうそう、週末には、病院に行きました。経過観察2か月後の成果は如何に?と期待するものの、数値に大きな変化はなし。むしろ悪化した項目もありました。いずれにしても、通院は「もう終わりでしょっ」と思いましたが、交替したばかりの若いお医者さんは「次は3カ月後の来年2月にしましょう」と。ええっ、まだ通院するんですか?医療費の無駄ですよ。
 医療と言えば、先日、ひょんなことから、滋賀県にあるヴォーリズ記念病院ホスピスを舞台にした、細井医師とスタッフの、患者とその家族に「寄り添う」ケアのドキュメンタリー映画を観ました。末期癌の方の入院からご家族の看取りまで、淡々と流れる映像のなかで細井医師の優しさ、温かさが充満していて、自然と涙がこぼれる作品でした。人の幸せってなんだろう、そんなことを思ったものでした。
 ヴォ―リズと言えば名建築家として知られ、関西学院大学ほか数々の建築物が人の心を惹きつけます。メンソレータムで有名なヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人でもあり、その名を冠した病院があるとは知りませんでした。我が家の山小屋のある近江今津にも、いくつかの建物が今も残っています。数年前に撮影した写真の中から見つけたのは、今津基督教会館でした。
 先週は、ブータン関連の本を鞄に入れて出張に出かけた1週間でもありました。そのひとつが、2011年2月14日、京都の龍谷大学で開催されたブータン王国のケサン・チョデン・ワンチュック王女特別講演会の講演録「ブータン王国の国民総幸福(GNH)政策」でした。この講演の最後に王女はこんなことを言っています。

「日本は経済的繁栄の頂点に到達したことで、これからは経済の低成長と高齢化社会という未来に立ち向かわなけばなりません。そのような時代には、解決が困難な様々な問題を突きつけられ、創意工夫と勇気ある行動が求められます。しかし、往々に慣れ親しんだ見方に留まり、従来と同じ型にはまった対策を講じるだけで済ませようとする誘惑にかられます。たとえそれがよくても一時的な効果しかなく、長期的にはより危険であるとわかっていてもです。ただし、私は、日本が、必ずや変化することを、そしてそれは日本独自のやり方でかわっていくであろうことを確信しています」

 その1カ月後、東日本大震災が起こりました。幸福論がいろいろな場面で語られたのもその時期です。あれから3年が経過しようとしていますが、あの原点回帰の問いかけが、今また薄れてきてはいないか。社会の様々な分野で、専門分化が進み、事の本質よりも手法に偏り、目先の損得に拘り、全体を見通す視点、哲学を蔑にする従前の癖がまたぞろ頭を擡げていないか。王女の宿題に対する答えが今問われているような気がしています。
 と、少し小難しい内容になってしまいましたが、人の幸せって、本当になんなんでしょうね。特別講演会の質疑応答のなかで、質問に答えたナムギャル大使は、2008年に実施した国民総幸福度に関する国政調査の結果を報告されました。「人生において重要なものは何か」との設問に、95%のブータンの国民が「家族との生活」をあげています。91.8%が「責任感」、90.3%が「キャリアにおける成功」、87.5%が「精神的な信仰」「財政的な安定」、81.8%が「友情」と答えたそうです。「物質的な豊かさ」はその次であるとも。

 2013年という年もあと1カ月。どんな締め括りをして、次に繫げていけるのか。少し落ち着いて考えてみたいと思っています。

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