さて、ここ数カ月の間、スキマ時間を利用しては村上春樹の小説を読んできました。「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読み終えて、先週帰りの新幹線のなかで「風の歌を聴け」を読み終え、さあて次は何にしようかと思案しながら、なぜか釈然としない。村上ワールドの不思議な深みにずぶずぶとのめり込んでいくことの不安。
そこで手にしたのが、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳:光文社文庫)でした。村上春樹の小説のなかにも時々ロシアの作家のことが登場すること、もうひとつは、やはり兄を亡くし、ここ数日、「家」「家族」のことをぼんやりと考えていたこと。....そういえば、かつて母を亡くした頃、トーマス・マンの長編「ブッデンブローク家の人々」を読んだことがありました。
そんな週末、仕事の合間に、広島県立美術館を覗いてきました。9月末まで京都文化博物館で開催されていた「世界遺産ヴェネツィア展~魅惑の芸術、千年の都~」を見逃していたからでした。夕方の閉館前の1時間、500年をさかのぼるルネサンス期の鮮やかな色彩に、しばし時間を忘れて見入ってしまいました。ヨーロッパ&レジーナに泊まってヴェネツィア市街を散策したのは、もう14年も前のことです。またいつか、と思いながら、のびのびになっています。家内にはリタイアしたあとのお楽しみ、と言い聞かせていますが、さあて、いつになることやら。
カンヴァスや板あるいは羊皮紙に描かれた鮮やかな色彩、歌劇の服装を思わせるドレスや礼服、クリスタル、工芸品、書物、....。現代でもそのまま通用するような煌びやかなデザイン。
塩野七生さんの「海の都の物語~ヴェネツィア共和国一千年」を読んだのは、もうずいぶん前のこと。ひとつの国体が一千年にわたって営まれていたことの本質を学びたい、そんな思いがありました。ひとつには「多様性」、もうひとつには長期政権を許さず市民代表の合議制に拘った政治体制。こうした仕組みが時代の変化を柔軟に受け入れ自己変革を促す素地を作っていた。しかし一千年を経て瓦解していく政体の脆さもまた知ることに。その後、「レパントの海戦」「ロードス島攻防記」「コンスタンティノーブルの陥落」と、塩野さんが描く中世イタリアの世界にのめり込んでいきました。
その興奮冷めやらぬなか、美術館を出て小雨が降る町を歩いていると、小さな古書店を見つけました。そこで手にしたのが「マーラー~愛と苦悩の回想」(音楽之友社発行:石井宏訳)でした。著者はアルマ・マーラー。マーラーの奥さんです。昭和46年の発行ですから、少し痛んでいましたが、ずしりとその重さを感じました。
さっそく序文に目を通すと、「これが私の生存中に出版されることは、私の本意ではない」と。「今日、ドイツが彼の音楽を追放し、彼の生活と作曲活動の足跡は丁寧に消されている」「この苦痛と歓喜の入り混じった日々の思い出を、彼へのあかしとして、世に贈る次第である」。1939年夏、と記されていました。ナチス・ドイツの暗雲立ち込める時代背景のなかで妻アルマが書き綴っていたものでした。以前から探していた本でした。コレクターなら6千円でもほしい品のようですが、600円でのご購入です。
「カラマーゾフの兄弟」1巻目を読み終えたところで、いったん小休止。しばしアルマ・マーラーの世界と戯れることにいたしましょう。