大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

大人ライトノベル・『ケータイとコンタクトレンズ・1』

2016-08-01 12:32:34 | ノベル2
大人ライトノベル
『ケータイとコンタクトレンズ・1』
       


「コンタクトレンズにすればいいのに……」

 美優の、呟きのような一言で決まった。

 会社の終業時間近くにパソコンを覗いている姿を、斜め向かいのビルの五階から美優は見ていた。
 近頃のスマホのシャメは、実に良くできていて、とても二十メートル以上離れた、それも、こっちとあっちのガラスを通してとは思えない鮮明な画像が送られてきた。

――まるで、ヘンクツジジイだぞ――

 なるほど、そう見えなくもない。しかしオレは、年相応に苦み走ったいい男に思えた。だから、その時はコンタクトにはしなかった。

 美優とつきあい始めて……二年に近い。

 横断歩道を渡っていて、軽くぶつかったのが馴れ初めである。ぶつかっただけでは縁は生まれない。
 たまたま、オレは出張の帰りだった。向こうの社を出るときには確認したんだが、ブリ-フケースのロックが甘かったのか、ぶつかった拍子に、地面に落ちて、書類やらなにやらをぶちまけてしまった。
「……あ、ごめんなさい!」
 一瞬の間の後、美優は、手際よく落ちたものを拾い集めてくれた。
「ほんとにすみませんでした」
 信号がギリギリで赤になる前に、歩道を渡り終え、美優は、もう一度頭を下げた。

 ペキ!

 横断歩道の真ん中で、何かが潰れる音がした。
「あ……!」
 美優は、今度は自分の不幸に声を上げた。
 ケータイが歩道の真ん中で、車に踏みつぶされていた。
 最初の車は不可抗力なんだろうけど、あとの車は「どうせ踏みつぶされたもんだ」と、次々に踏んでいき、信号が変わって拾いに行ったときは、もう、数十秒前までケータイであったことが分からないくらい粉砕されていた。
「ごめん、かえって大変なことになっちゃったねえ、申し訳ない、謝らなきゃならないのはオレの方だ」
「いいえ、いいんです。チョー古いやつだったし、そろそろスマホに買い換えようと思っていたところなんです」
「でも、アドレスとか、大事なデータが入っていたんじゃないの?」
「ううん、どうでもいいってか、もう縁を切りたいようなのも入ってましたから。かえってせいせいです」
「あ、せめてお昼でもご馳走させてもらえないかな。オレの気が済まない」
「うう、残念。今そこで天丼食べたところなんです」
「そう、じゃ、迷惑じゃなかったら晩ご飯でも……あ、こりゃ、まるでナンパだな。スマホプレゼントするよ」
「いいですいいです、晩ご飯にしましょう。今の事故は、その程度の物です」
 美優は、目の前で、手でイラナイイラナイをした。
「ア、ハハハ……」
「あ、なにかおかしいですか?」
「いや、君のイラナイイラナイは首まで一緒に動くんだ」
「え、やだ、そうなんですか!?」
「いいじゃん、かわいくて。じゃ、オレ今日は定時退社にするから、五時半にここってことで」
「はい、分かりました。お言葉にあまえます」
 
 そして、五時半になって、会社のビルを出ると、美優が斜め前のビルから出てくるのが、ちょうどだった。

「きみ、あのビルの?」
「はい、六階のS物産です。派遣社員ですけど。あなたはM興産の……多分、杉山さんですよね」
「え、なんで知ってんの?」
 と、ここまでが、タクシーの中の会話であった。なぜゆえオレのことを知っているのかは、タクシーの中では言ってくれなかった。

「うちの会社から、おたくのビル丸見えなんですよ。特に五階は」
 中トロを美味そうに食べながら、美優が言った。
「うちからは、なにも見えないぜ」
「ああ、角度のせいです。杉山さんとこは日中丸見えです。窓から四メートルぐらいは」
「そうか、うちの会社北向きだもんな。道理で、そっちは見えないわけだ。でも、どうやってオレの名前分かったの。別に看板出してるわけでもないのに」
「ああ、隣に発音のはっきりした女の人いるでしょ」
「あ、ああ、山名君か」
「あの人が、あなたを呼ぶときの口、ウイヤマってとこまでは分かるんです。口のカタチはっきりしてるから」
「彼女、放送局の女子アナ志望だったからな……あ、そのウイヤマから?」
「そう、普通に連想したら杉山しかないでしょ!?」
「こりゃ、まいった、まるで名探偵コナンだ」
「あ……せめて、それに出てくる榛原ぐらいに。いちおう女ですので」

 そんな風に、二人の関係が始まった。

 知り合いが、友だちになり、体の関係になるのに一カ月もかからなかった。互いに子どもというわけでもなし、相手が独り者であることは、二度目に唇を合わせたときの感触で分かった。お互い適度な異性関係が過去にはあったことも。

 お互い、隙間を埋め合うのには、ちょうどいい相手だと感じた……。
コメント
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