大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

パペッティア・003『出発』

2023-01-24 21:06:07 | トモコパラドクス

ペッティア    

003『出発』晋三 

 

 

 俺は、この二年間仏壇の中にいる。

 つまり、二年前に死んじまって仏さんになっちまった。死んでからの名前は釋善実(しゃくぜんじつ)という。

 仏さんなのだからお線香をあげてもらわなきゃならないんだけど、妹の夏子は水しかあげてくれない。

「だって、家がお線香くさくなるんだもん」ということらしい。こないだまでは「火の用心」とか「水は命の根源」とか言ってたがな。

 その夏子がお線香をたててくれた。

「ナマンダブ、ナマンダブ……じゃ、行こっか」

 そう言うと過去帳の形をした俺を制服の胸ポケットに捻じ込んだ。

 ちょ、ちょ、夏子…………!

 ガキの頃は別として、妹にこんなに密着したことはない。

 いま、俺は三枚ほどの布きれを隔てて妹の胸に密着している。生きていたころは、ちょっと指が触れただけでも「痴漢!変態!変質者!」と糾弾され、機嫌によっては遠慮なく張り倒された。

 それが胸ポケットの中に収められるとは、やっと兄妹愛に目覚めたか? 俺を単なる過去帳という物体としてしか見ていないか?


 思い出した。

 妹は大事なものをポケットに入れる習慣があった。


 もう何年も夏子と行動を共にすることなどなかったので忘れていたんだ。

 しかし、あのまな板のようだった胸が(〃▽〃)こんなに……妹の発育に感無量になっているうちに、お向かいの寺田さんに挨拶したことも、大家さんに荷物のことを頼んだのも、駅まで小走りに走ったことも上の空だった。

 

 切符を買うと、改札へは向かわずに駅の玄関階段、最上段と一段下に足を置いてキョロつく夏子。

 

 幸子を待ってるんだ。

 きのう約束したもんな―― 明日は見送りに行くから、さっさと一人で行ったらダメですよぉ! ――

 でもな、夏子が抜けたんだ。その分、配達増えてると思うぞ。

 理不尽戦争からこっち、デジタルは影を潜めてる。理不尽戦争は、ネットを乗っ取られて偽情報がいっぱい流されるところから始まったもんな。

 みんな、偽とかフェイクだとかに振り回されて、避難したところを攻撃されたり、味方を敵と思わされ同士討ちになったり。

 それで、戦後は民間のネットはご禁制になっちまった。スマホに似た端末はあるけど、町内に一つか二つのスポットに行ってケーブルで繋がなきゃ連絡が取れない。ま、持ち運びの固定電話みたいなもんだ。じっさい、実益とファッションを兼ねて昔の固定電話が流行り出してる。

 端末を取り出して駅のスポットに足を向けるけど、掛けられるのは配達店。

 心配をかけるだけだし、忙しさの原因は自分だし……再び玄関の階段へ……行こうとしたら『電車は一つ前の駅を出ました』のシグナルに変わった。

 しかたない。

 呟くように言って改札に向かう。

 電車に乗って、線路沿いの復興道路に目をやる。心配半分、期待半分……居た!

 前かごに、まだ半分以上の新聞をぶち込んだまま幸子が、懸命に自転車を漕いでいる。

 幸子は、六両連結の全ての窓に視線をとばしている。六両で窓の数は百を超えるだろう。

 ちょっと無理か……と思ったら、幸子がこっちを見て手を振っている!

 友情のなせる業か! 夏子の念力か!

 ナッツー!

 え、声聞こえた!? 

 次の瞬間には、電車の速度が幸子の自転車のそれを無慈悲に超えてしまって、あっという間に見えなくなった。

 

 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン……

 

 電車は新埼玉行きだ……車窓から見える風景が荒れていく。


 新埼玉が近くなると、理不尽戦争のツメ跡が生々しくなる。

 かつて山であったところがクレーターになったり、低地であったところがささくれ立って不毛な丘になったり、かつて街であったところが焼け焦げた地獄のようになっているのは、ホトケになっても胸が痛む。

 圧を感じると思ったら、夏子がポケットの上から胸に手を当てている。

 ギギギギ……

 歯を食いしばっている(^_^;)。

 夏子も、この風景には耐えられないんだ。まだ十六歳だもんな。

 住み慣れた家を出て、学校も辞めて新しい人生に踏み出す妹に哀れをもよおす。

 辞めた割には制服姿だ。

 それも、いつものようにルーズに着崩すことも無く、第一ボタンまでキッチリ留めてリボンも第一ボタンに重ねるという規定通り。校章だって規定通りの襟元で光っている。実は、この校章、辞めると決めた日に購買部で買ったものだ。夏子のことをよく知っている購買のおばちゃんは怪訝に思った。「記念よ記念(#^―^#)」と痛々しい笑顔を向ける、目をへの字にしたもんだから、両方の目尻から涙が垂れておばちゃんももらい泣き。

 そんな制服姿なんだけど、あいかわらずスカートは膝上20センチというよりは股下10センチと短い。

 まあ、これが夏子の正装(フォーマル)なんだ……よな。

 

☆彡 主な登場人物

  • 舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。
  • 舵  晋三       夏子の兄
  • 井上 幸子       夏子のバイトともだち
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くノ一その一今のうち・37『甲斐善光寺・1・はいかぶせ姫』

2023-01-24 15:57:16 | 小説3

くノ一その一今のうち

37『甲斐善光寺・1・はいかぶせ姫』 

 

 

 変だとは思わないか?

 

 ズサ!

 反射的に飛び退って懐の手裏剣に手を伸ばしてしまった。

「すまん、そう言う意味じゃなくてさ、この善光寺の佇まいを見て、なにか変に思わないか?」

 声の響きで、課長代理は脚本家三村紘一として話しているのだと察して、丹田の力を抜く。

「あ……えと……ちょっと古びてはいますけど美しいですね。銅板屋根の緑青、柱や垂木の朱色、壁の白、大きさの割に柱が華奢で女性的な感じも……」

 いや、物言いは三村紘一だけど、聞いている内容は忍者の頭としてだ。

 頭を切り替える。

「甲斐の国の総鎮守としての貫禄は十分ですが、寺を取り巻く塀がありません。戦乱や星霜の中で部分的に失われることはあるでしょうが、この甲斐善光寺は、山門の両脇にさえ塀がありません。礎石すらありませんから、創建当初から無かったように見えます」

「そうだね、さすがは信玄が建てた寺だ。信玄の性格がよく出ている」

「はい」

「人は城、人は石垣、人は堀……信玄のモットーだね」

「人を育て、人を頼みとしてこそ国が守れるという信玄の戒めですね」

「そう、そのことを軽んじたから息子の勝頼は破れてしまった……」

「そうですね」

 今のは、後ろに跳び退って山門の全景を視界に収めたからこそ気づけたことだ。

 課長代理は、そのことのために、この距離で謎を掛けてきたのか……油断のならない人だ。

「アハハ、たまたまだよたまたま(´∀`)」

「そうですか(^_^;)」

 って……いまの口に出したわけじゃないのに。

「信玄はね、倅の勝頼が長続きしないことを読んでいたんだ。だから、将来武田家の裔の者たちが立ち上がるために膨大な軍資金を隠した。知恵と勇気と運をつかんだ者にしか手に入らないような仕掛けを施してね……」

「仕掛け……」

 怖気が湧いてくる。

 きっと、これまで何人、何十人、何百人という者たちが埋蔵金に挑んできたのに違いない。戦国から、もう四百年あまりの年月が経って、それでも発見されていない。

 歴史が証明している。この四百年武田の裔たちが立ち上がったという話は聞いたことが無い。武田以外の者が探り当てたという話も聞かない。

 お祖母ちゃんから、忍者に関わる歴史については教えられてきたけど、この件については聞いたことが無い。

 しかし、木下豊臣家も本気で動き、うちの課長代理までが真剣に取り組んでいるからにはマジに違いない。

 こんなものに立ち向かって大丈夫なんだろうか。

「気を楽にしてあげよう」

 ウ、また読まれてる。

「埋蔵金を獲得する必要などは無い。ただ、木下の手に渡らないようにできればミッションコンプリートだ」

「はい」

「そのの力を借りるのは、ほんの入り口。埋蔵金のありかさえ分かれば、手立てはいくらでもある。それは、わたしと徳川物産の仕事だからね。そのは、鈴木まあやを守るのが第一の務めだと思っていればいい」

「はい」

「よし、あの香炉堂でお線香をあげよう。あの煙を浴びればいい知恵が湧いてくるかもしれない」

「はい」

「『はい』ばかりだね、これからは『はいかぶせ姫』と呼んでやろうか」

「姫じゃないからいいです!」

「じゃ、はいかぶせ。いくぞ」

「はい」

 って、ああ、もう!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・94『帰ってきた』

2023-01-24 05:41:27 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

94『帰ってきた』 

 

 


 横丁を曲がるまで心配だった。

 何かって……決まってるじゃん。

 あれよ、あれ、ジジババのコスプレ。


 顔から火の出る思い。で、尻に帆かけて……って慣用句で合ってたっけ。文才のあるはるかちゃんなら、こんな時でもぴったしの表現が浮かぶんだろうけど、ラノベ程度のものっきゃ読まないもんだから……でも、はるかちゃんに教わってシェ-クスピアの四大悲劇とか、チェーホフの何本かは読んだけど、後が続かない。これも根気がない江戸っ子の習い性。ええい、ままよ三度笠横ちょに被り……これ、おじいちゃんがよくお風呂で唸ってる浪曲じゃんよ! 

 とにかく、めちゃ恥ずかしかった。また、あのコスプレで出迎えられてはかなわない(≧Д≦)!

 横丁を曲がると、そこは雪国だった……なんか間違ってるよね。

 でも、いつもの我が町、我が家がそこにありました。はるかちゃんの「東京の母」秀美さんにも会ったけど、ごく普通。

「あら、まどかちゃん、お帰りなさい」

 で、これは家の中に入ってからだな……と、見当をつけ、深呼吸した。

「ただ今」

「「お帰り」」

 当たり前の返事。おじいちゃんもおばあちゃんも、いつもの成りでいつもの返事。

「タバコ屋のおたけ婆ちゃんに『無粋だね』って言われたのが応えたみたい。なんせジイチャンの寝小便時代も知ってる、元深川の芸者さんだったからな」

 狭い階段ですれ違う時に兄貴が言った。すれ違う時に胸がすれ合った。

「まどかでも、ちゃんと出るとこは出てきてんだな」

「なによ、このメタボ!」

 ハハハ……と笑って行っちゃった。これって言い返したことになってないよね。

 自分の部屋に入ると、思わず横向きになって自分の姿を鏡に映す。

 その夜、スゴイ夢を見た。

 正確には、スゴイ夢を見た余韻が残っているだけで、中味は覚えていない。

 起きあがろうとしたら、まるで体が動かない。金縛りでもない、指先ぐらいは動く。

 でも、寝床から起きあがろうとすると、身もだえするだけで体が言うことをきかない。

 時間になっても起きてこないので、お母さんがやってきた。


「まどか、どうかした?」

「……体が……重くて、動かない……(;▽;)」

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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