あのころの自分・1
『ひょっとして、もしかしたら……』
還暦を過ぎて一年半、来し方行く末を、ほんの少し考えてみる気になった。
ほとんど3/4を終わろうとしている人生を振り返って、ひょっとして、もしかしたら……というようなことが何度もあった。
いわば人生のジャンクションで、そんなことを気に留めながら徒然なるまま……という手垢のついた言葉で始めてみようと思う。
もう、十分に手垢にまみれた人生なんだから。
幼稚園から、高校まで徒歩圏内の学校ですましてきた。
私の年頃なら、中学校までは、これで当たり前である。
大阪市の旭区で育った私はT小学校K中学校を「ちょっと変わったムッチャン」として過ごしてきた。成績は48人ほどのクラスで、だいたい20番台。まあ、真ん中の生徒であった。当時K中学とは公園一つ隔てたA高校が人気があった。
当時の学区で言うと、市岡、大手前の次くらいの準進学校で、K中学では人気があった。なんといっても歩いて通える。地元でもお行儀のいい学校で通っていた。そして、友達のかなりの数が希望していた。
要は、大きな変化を望まず、幼稚園からずっと続いてきた地縁的な温もりの中にいたかったのである。
しかし、A高校は10段階評価で7ぐらいはある学校で、真ん中の成績であった私には、いささか敷居が高かった。
でも十四の歳まで、なんとかなってきた気楽さで私立との併願を条件に担任の先生が受験をしぶしぶ許可してくださった。
後年教師になってから自覚したが、とてもA高校を受験できる成績では無かった。担任の先生は、よほど無謀だと思ったのだろう。学校別受験者の成績順位表まで見せてくださった。むろん学校の部外秘の資料で、生徒には見せてはいけない個人情報であった。
「な、大橋。A高校の希望者は150人もおるねん。これが一覧表や」
そう言って、先生はプリント4枚閉じの資料を開いた。
「一番が、某。10段階の10や。以下ずーっと名前が続いてるやろ……成績順や」
二枚目の下の方に赤線が引いてあった。
「ここから下のやつは受けても落ちるやつや。大橋は……」
そう言いながら、先生は三枚目を飛ばして四枚目を開いた。私の名前は、なんと四枚目の一番最後にあった。
いま、心の底を探っても、その時の感覚が思い出せない。
「受けます」
とだけ答えた。
受験会場の雰囲気は、なんとなく覚えている。たいていの人は、こういう時には「まわりがみんな自分よりも賢そうに見える」のだそうだが、そういう感覚は、鈍感な私には無かった。ただ現実に周りの受験生の大半は、私よりも学力が高い。その認識はあった。
あのころの私は、どこか自分は特別だと思うようなところがあった。むろん、時には「こんなダメなやつはいない」という自虐的な気持ちもあり、その躁鬱の振子は今でも振れている。受験した時は、かなりの躁状態であったのかもしれない。
で、結果は合格であった。
私よりも先に友達が見に行き結果を担任に報告していた。友達は自分の合格よりも先に、こう言った。
「先生、大橋通ってましたよ!」
「ほんまか!?」
後日談によると、先生は椅子に座ったまま30センチもとびあがり、職員室は寂として声も無かったそうである。
逆の子がいた。受験者の上位に位置し、合格間違いなしと言われた子が落ちた。勝負は時の運というが、後年現場の教師になって思った。
――あれは、間違いだったのではないだろうか?――
公立高校は、長い間、受験終了後すぐに採点をやり、二回人を替えて採点や点数の合計ミスがないかどうかをチェックする。午後三時ぐらいから始めて、六時半ぐらいには終了する。
あくる日一日かけて、入試担当の教師が集計し、合否ギリギリの者については、解答用紙のチックからやり直す。
一見念がいっているように見えるが、けして低くない確率で採点、計算ミスが出る。
今は、それを防ぐために、受験当日の採点はやらずに、あくる日、丸一日をかけて採点する。それでもミスが起こっている。
こういう書き方をすると、現場の教師が無能に見えるが、けしてそんなことはない。
あえて書くと、問題が悪い。配点が微妙すぎ、記述問題など、採点者の裁量で数点の開きが出ることもある。例えば、ある年「アフリカ大陸の地図を描け」という問題が出たことがある。アフリカは人間の横顔をしており、五大陸の中では一番描きやすい。
しかし、採点には条件が付いていた「アラビア半島との結合が描けていること」この一点で配点が大きく異なる。
ほぼ完全に描けていても、アラビア半島との結合が不明であれば、点数がかなり低くなる。逆に、石ころみたいな地図を描いていても、アラビア半島との結合らしきものが描けていれば満点である。国語の作文に至っては、この地図の比では無い。
何がいいたいかというと、私は間違って入ってしまったのではないかと、退職した今でも感じている。落ちた子は間違って落ちたのではないかと。
で、A高校に入ってしまったことで、私の人生のレールが大きなところで決まってしまった。
今の公立高校の入試システムは大幅に改善され、ミスはほとんどなくなった。と聞いている。
『ノラ バーチャルからの旅立ち』ノラ バーチャルからの旅立ち:クララ ハイジを待ちながら:星に願いを:すみれの花さくころの4編入り(税込1080円)
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ラノベとして読んでアハハと笑い、ホロリと泣いて、気が付けば演劇部のマネジメントが身に付く! 著者、大橋むつおの高校演劇45年の経験からうまれた、分類不可能な新型高校演劇入門ノベルシリーズと戯曲!
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そう言いながら、先生は三枚目を飛ばして四枚目を開いた。私の名前は、なんと四枚目の一番最後にあった。
いま、心の底を探っても、その時の感覚が思い出せない。
「受けます」
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